こちらの記事は、シリーズものです。
今回は、第4弾。
~「交渉」との最初の出逢い編~
~大学ゼミの「交渉」の洗礼編~
~交渉コンペティションの行方編~
大学での「勉強脳」をすべてぶち込んだような、
交渉コンペティションまでの怒涛の2ヶ月が過ぎて
しばしの休息・・・かなと思いきや、
なんと、とんでもないニュースが
ゼミの教授から伝えられる。
「今回の2日目の英語交渉での優勝チームは、
日本代表として、7月にシンガポールで開催される
世界大会へ進出する権利を得ました。
つきましては、2名を選出し期日までに
参加可否をお願いいたします。
もし辞退される場合は、2位のチームに
権利が移ります。」
とのこと。
な、なんと・・・・
えらいことになった。日本代表ですと?!
しかし、私たちチームは5名で参加していた。
2、2名はどうやって・・・
1名は、チームリーダーだった、
ルーマニア人留学生の美女パウラで決まり。
あと1名は誰が?
5名のうち1名は、3月で卒業の4年生だったので、
世界大会の7月時に学生でないので出場権利なし。
もう1名は、この大会に出るためだけに、
他のゼミから一時的に移転していたので、
元のゼミに戻るために、出場しないことに。
私か、もう一人のゼミ生か、というところになるが、
2人とも就職活動を本格化して動かす必要がある時期に入っていく。
7月の大会には、5月から本格的に
これまで以上のハードな、大会課題への没頭が必要になるし、
その前からも、定期的な訓練が必要とされるだろう。
流れとしては、私なんだろう、私がいけ、
ということになるんだろうという気配はしていた。
だが、どうするのか。就活がうまくいく保証もないのに、
この危険ともいえるチャレンジに乗っていいのか。
とてつもないジレンマと考えがぐるぐる巡る日々が続いた。
そんな中、ゼミ生とゼミの教授とで、懇親会があった。
そのとき、教授に、
「私は、参加しないことにします」と宣言した私がいた。
つづく
