私の物語 顧客ニーズと代替案
みなさん、こんにちわ。
FirstITProducerの川端です。
今日も、前回に引き続き「私の物語」を・・・
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飛び込み営業をして世間の目の厳しさ(冷たさ)を肌で学習した私達。
「この先、どうしょう・・・」
「どうやって、我が社を、この製品を知ってもらえばいいんだ・・」
「話さえを聞いてくれれば・・・・」
足は棒のようになり、夕暮れの公園のベンチでこんな思いに駆られていた時でした。相棒から携帯に電話が。
「もしもし、一社、詳しい話が聞きたいって言ってるんだ。明日、説明に一緒に行けるかな?」
「おー、そうなんだぁ。もちろん行けるよ」
この時点で2人合わせて500社くらい回っていたでしょうか。やっと1件、向き合って話を聞いてくれる会社が現れました。
翌日、意気揚揚で訪問したユーザ企業。社員が30人位の食品仲卸業をされている会社でした。社長と専務、事務長さんなど4名位だったでしょうか、応接室で一生懸命にソフトウェアの説明をしました。
話が終わって、社長が
「私が見る数字が統計的に出せないのか?そんな機能も付いてないのか・・・」
私が販売していたソフトは統計分析ソフトではなく多店舗一括発注機能などを有した現場型のソフトなので、その結果を分析するところまでは開発範囲に入っていませんでした。
結局、この会社にはソフトは受け入れられず・・・・・
悔しさと極度のジレンマに襲われたのを今でも覚えています。
「よっし!あの会社を見返してやる!」と、分析機能の開発に入った私でした。
そして、1ヵ月後。
分析機能の開発が完了した製品をもって、再度リベンジに燃えて、あの会社の社長にアポをとると・・・
「あー、あの時の。なんだぁ~、遅いよ~。もう他のソフト入れちゃったよ。残念だけど、よろしくね」
・・・・・・・・・・・・
そのソフトウェアは、この会社で使うには適応度が低いものでしたが有名な販売管理ソフトでした。明らかに我が社のソフトウェアの方が業務にフィットしているのに・・・。
はい、今回の話はここまでです。
当時のことを思い出して、今となってはあの頃に戻ることはできませんが現在の私が当時の私の協力者であったならと思います。
小さな会社の社長って、カリスマ経営者が多いし、すべてを自分が抱えているもんです。私もトイレットペーパー1個、鉛筆1本まで買う買わないの判断をしてました。
こういう状況で一番必要な存在。
それが、コンサルタントではないかと思います。第三者で自分(社長)が見えてない様々な選択肢をもっている。相談できる。そういう人財は大きな会社の経営戦略には当たり前のように参画してますが、本当に必要なのは、このように小さな会社なんです。ただ、これは経営者である社長が自ら気付かなければならないのですが。
さて、今回の話で何が見えてきたでしょうか?
顧客ニーズを正確に捉えていない営業
営業が顧客にアプローチした際に顧客が何を求めてるのかを把握できていなかった。ここでいう統計機能がニーズとしてあるというところまで把握できていな状態であった為、事前のプレゼン準備ができていなかった。
具体的なメリットを伝えられなかったプレゼン
顧客ニーズが把握できていなかったことに起因して、我が社の製品が業務にどのような変化を生み出し、なにがメリットとなるのかを伝えきれていない。当り前のことが当たり前の様にできるという感覚しか伝わっていなかった。
代替案を提示できなかった我が社
この会社の社長が言った統計機能に関しての代替案をその場で提示できなかった。
例えば、
「結果を表計算ソフトで分析すればそのような数字は簡単に把握可能ですよ。表計算シートは当方のサービスで作らせてもらいますよ。」
というような対応ができなかった。これも顧客ニーズを事前に把握していれば提案出来たはずである。
このように、顧客にニーズがあり製品にはそのニーズを解消できる機能が無い場合、代替案を用意しているか否かで商談の成立には天と地ほどの影響を与えることになる。
熱くなって、本来の製品のコンセプトがきちんと伝わっていないことが問題であることに気が付かず、もしかしたらこの顧客しか必要としていないかもしれない機能を開発するという行動に走った私の行動は明らかに感情的でありするべきでない行為である。
若き日の私の負けず嫌いな性格と情熱は良かったのだが・・・・
開発をしている間の1ヶ月間に顧客は、別の業者のパッケージシステムを導入してしまったのである。
「勝利の女神は浮気者」
意気消沈した私達は、前途多難な未来ではあったが、立ち止まることはできず、次の行動に向かった。
この続きは、次のブログで・・![]()
私の物語 伝わらない飛込営業
こんにちは、FirstITProducerの川端です。
今日は昨日に引き続き、私の物語を・・・
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製品を完成させた私は(正確にいうと製品ではなくプログラム)その充実感と達成感に包まれました。
自分で自分に良くやったと讃え、このソフトウェアが食品業界に引っ張りだこになるほど売れることを夢見てみたりもしましたが、本来の目的は「自分の会社がエンドユーザと直に取引できる信頼を得る」ということで、そのための武器が出来たに過ぎません。
ここまできて、私は次の段階を考えました。
「武器は出来たから、この武器を持ってエンドユーザを獲得するんだ!営業だ!」
これまで売り込み営業なんてした経験もない私は、当時の社員と手分けして、東京の築地市場と神奈川の南部市場の仲卸会社を片っぱしに端から「飛び込み営業」しました。
「お邪魔します。私、コンピュータソフト会社の・・・・・ですが、今回、食品会社をターゲットにした専門のソフトが誕生しましたのでご紹介に参りました。ご担当者様はおいででしょうか?」
「・・・・・・」![]()
「いないよ。また来な」![]()
「なんだよ、そんなもんいらねぇよ」![]()
「うちはコンピュータなんか使ってないよ」![]()
「あー、帰れよ」![]()
当時、1日100件位回ったでしょうか?そのうち話を聞いてくれたのは1件でしたが、断られました。
現実の厳しさを体験した思い出として今でも覚えてます。ちょっと遅い昼の時間に近所の公園でパンに噛り付きながら南部市場を同じように回っている相棒に電話しました。状況はやはり同じ・・・・(;一_一)
早速、途方に暮れることに・・・・・
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はい、ここまでが第2話になります。
当時の私の会社経営の問題点。数えればきりがないのですが・・・・
まず、若さもあり、無計画な行き当たりばったりの経営であったことはこれまでの話でお分かりかと思います。でもこういうポジティブに邁進していく勢いは経営や人生には必要であると、私は今でもこの頃の熱いハートは間違っていなかったと自負しています。
ただ、振り返ると色々な反省点が見えてきます。
① 伝わらない営業スタイル
ユーザは私の会社の何を買えばいいのか?
私の会社と付き合うとどんな利益があるのか?
そういうことが、全然説明できていないし伝わって無かったんですね。
1年かけて、それも生きた現場で使えるソフトであることは間違いない。
だけどなにが良くて、だからどうなるのかを伝える手段も「飛び込み営
業」では ダメなんです。
この場合、いきなりの部外者の訪問で話を聞く時間をとってくれる会社
なんてありません。明らかにアプローチが間違っている。
② ソフト(製品)の販売?エンドユーザの獲得?
本来の目的は「自分の会社がエンドユーザと直に取引できる信頼を得
る」でした が、やっていることは「ソフト(製品)の売り込み販売」になっ
ている。
エンドユーザからソフト開発の仕事を直に請け負うことが目的だったは
ずが、製品 を販売することが目的にすり替わってしまっていたんです
ね。
これはやはり明確な戦略を立てることなく、突っ走った結果です。
進むべき方向がブレてきまうと、当然ですが当初の目標は取れるはず
がありません。
ここでもやはり、必要なのは戦略だったのです。社長のバイタリティとポジティブな突進力、社長のビジネスセンスなどが小さな会社の経営を引きずっていく。これはほとんどの会社がそうだと思います。
でも、それには限界があるし「井の中の蛙」で終わってしまう危険性がたぶんに含まれます。
当時の私は、友人の経営者や先輩経営者の方々に影響を受けておりましたが、今考えてみれば、こういう小さな小さな会社の社長は「経営コンサルタント」と呼ばれる人達の発想を勉強するか、お世話になるべきだと思います。当時の私にはそんな選択肢があることも見えていなかった。
そして・・・・途方に暮れていたところに
「お客さんからの引き合いの話が!」
続きは、次回のブログで
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日本の根底を支える50人以下の企業に最良のITを
First IT Producer 川端俊之
私の物語 起業1年目より
FirstITProducerの川端です。
今日はめっきり寒くなりましたねぇ。お彼岸を過ぎて、これから本格的な秋、そして冬の到来です。
でも、まだ9月なんですよね。この寒さは異常かなぁ?
さて、今日からは経営にちょっとしたスパイスをということで、私が会社経営していた時を振り返り、当時悪戦苦闘していた状況や悩んでいて今になって気付いたことなどを体験談を交えながらお伝えします。今回はその一回目。
当時、私は28歳。会社を立ち上げて1年目。このまま下請けソフトウェアベンダーの会社をやっていてもサラリーマン時代と変わらないことに不満と不安を持っていました。
元請けの顔色ややり方に合わせなければならないし、元請けがこけたら我社も・・・
これって、自分で会社やってる意味あるのか?
やはり小さくても根っこにならなければならない。
と、当時、三人しかいなかった会社の社長である私はは考えました。
「どうしたら世間が設立1年で3人しかいない会社を認めてくれるのだろう?」
考えた末、出た結論が
「製品という武器を持つこと」
ソフトウェアの結果は良いプログラムであり、良いシステムだ。そして業務に特化したシステムはその業務知識と技術力の結晶であり、これを見せればどんな会社であるか知ってもらえるし、話しも聞いてもらえる。
小さくてもメーカー思考で小数精鋭な会社にするんだ。
この志のもと、私は現場から退き、知り合いの食品会社で工場~店舗までもっている会社のシステムを無償で作成する代わりに業務知識の習得やシステム仕様の決定に力を貸してもらうことで約1年かけて、ソフトウェアを開発しました。
他の2名に生産をあげてもらい、私は先行投資の意味で1年間製品作りです。
社運を賭けて開発した製品は完成し「ザ・店舗」というソフトウェアが誕生しました。
今回の話はここまでです。
いかがでしょうか、私事ですが今の私ならば当然ちがう経営アプローチになることは明らかです。
第一に一見現状を打破するかの如く先行投資だと言い聞かせて行った製品開発。
これは先行投資とはいいません。ギャンブルと同じ。丁か半の世界の話です。
先行投資とは投資計画に基づくシュミレーションが必要であり、シュミレーションにはこの製品の開発から販売までの戦略と計画が必要なのです。
もし、あなたがこれと同じ状況にあるなら先行投資という言い訳はやめましょう。
多分、この段階は資金に少しだけ余裕がある状況ではないでしょうか?
焦らず、もっと計画する段階です。
第二に社長が一人で新規事業に取り組む姿勢も良くない。この状況でやるならば全員で昼は下請けの仕事。夜や休日は製品開発という体制が良い。
一体感が生まれ目的を強く共有できる。
こういう状況は創業間もない小さな会社で、社長が前向きな場合によく陥ってしまうものです。私が実体験者ですから(^_^;)
あと、会社規模がこのように極端に小さいく、人物金がない場合は、一緒に取り組むパートナー企業を探すのも一つの方法ですね。
さてさて、製品ができた若き日の私の次の展開は・・・
つぎのブログで。