Live with Max. -28ページ目

Live with Max.

世の中のあらゆることは、人間関係に行きつく。
そんな視点でいろんなことを考えながら書いています。

 明日発行予定のメルマガではダイエット・健康とAMPKに関する内容ですが、筋肉の発達に関することをこちらに書きたいと思います。

■AMPKが活性化されるには
 体内で起こるエネルギーを必要とする全ての反応において、ATP(アデノシン3リン酸)がエネルギー源として使われています。
 ATPはAMP(アデノシン1リン酸)に2つのリン酸が結合したもので、ATPの『T』はトリ(3つという意味)、『M』はモノ(一つ)を表しています。
 ATPは加水分解されリン酸を切り離す時にエネルギーを放出しますが、1つを切り離してADP(アデノシン2リン酸:『D』はジで2つという意味』)となり、ADPはさらにリン酸をもう1つ切り離してAMPとなってエネルギーを放出することもできます。ATPが2つのリン酸を1度に切り離すこともあります。

 つまりADPやAMPが増加していくような状態というのは、それだけATPが減少してエネルギーレベルが低下している状態だということになります。これを感知してAMPKが活性化されます(それ以外にもメルマガに書いたような状況でも活性化します)。

 AMPKが活性化されると、減少したATPを回復させるように代謝がコントロールされる。つまりATP産生は亢進して、解糖系や脂肪酸のβ酸化が促進されます。他にもインスリン非依存性の糖輸送も活性化されたりなどして良いことなのですが、AMPKは同時にATPの浪費を防ぐようにも作用します。


■AMPKはmTOR経路の負の調節因子
 浪費の経路はいくつかありますが、細胞の増殖も抑制します。脂肪酸合成の律速酵素であるアセチルCoAカルボキシラーゼ活性化を阻害して脂肪酸の合成を抑えます。これはいいけど、同じように、アナボリズムの中心的役割であるmTOR経路を阻害してたんぱく質の合成もAMPKは阻害してしまうんですね。脂肪細胞だけでなく、筋肉の増殖も抑えてしまう。

 だからトレーニング後は素早く吸収される糖質を摂って細胞エネルギーを回復させAMPKを抑えることでたんぱく質の合成をレベルを高め、筋肉の成長を促すようにする。

 mTOR経路といえば、ロイシンやHMB(β-ヒドロキシβ-メチル酪酸)によってビルダーの間ではすっかりお馴染みですが、これが抑制されてしまうというのは、筋肉を発達させたいトレーニーにとってはありがたくない話。

 ちなみにHMBはカタボリズム機構であるオートファジー系とユビキチン・プロテアソーム系も抑制してくれるので、バルクアップ期も減量期も上位にチョイスされる成分ですね。
 BCAAやHMBのアンチカタボリック効果は明らかになっているので、AMPKによるmTOR抑制作用に対抗できると捉えていいのだろうか。
 
 また、HMBはメバロン酸経路の律速酵素であるHMG-CoA還元酵素に変換されて、コレステロールを合成してくれる。コレステロールと聞くと悪者扱いされやすいが、カラダにとっては必要なもので細胞膜の安定性を強くし、細胞の活動を強化してくれるから、トレーニーにとってもとても重要。  そして面白いことにHMBの摂取によってHDLコレステロールは上昇することも明らかになっているという。HMBって素晴らしいなぁ。逆にAMPKはこのHMG-CoA還元酵素も阻害します。

 ということで、特にバルクアップにはHMBとトレーニング中~後のカーボって大切。もちろんホエイとクレアチンも。mTOR経路活性にはホエイやフリーフォームのロイシンに比べてHMBが圧勝。

 ところでmTOR経路はC1とC2の2種類あるが(CはComplexで複合体の意味)、たんぱく質の合成を促進するのはmTORC1。特にインスリンはこれを刺激するので、サプリメントだけではなく、バルクアップ中は炭水化物が重要だという理由の1つ。

 メルマガではアディポネクチンとAMPKの健康面の恩恵の素晴らしさをお伝えしましたが、バルクアップに関しては反する作用もあります。といったところがメルマガで書ききれなかったところです。
 
 AMPKの健康面の素晴らしさの1つとしてガンとの関係はメルマガでお伝えした通りですが、mTORの話がでたので最後に少し補足を。

 AMPKの作用であるHMG-CoA還元酵素や、先に述べたアセチルCoAカルボキシラーゼの阻害、mTOR経路の活性を抑えること、これらはすべてガン細胞の増殖活性を低下させる効果がある。ガン細胞の増殖に関わっているのもmTORC1なので、その阻害剤はガン治療薬としても使用されている。

 mTORC1の活性はインスリンによって刺激されるので、インスリンをたくさん分泌させてしまう食生活は避けたいところ。食べ物や食べ方だけでなく、ある程度空腹時間を長くするような食生活というのは健康・長寿という面では良いのかも知れない。

 こんな話をすると筋肉をつけることは寿命を縮めるのか?と思ってしまう人もいるかも知れませんが、それは、お酒や甘いもの、大食いがやめられずに年々体重増加しながら『プロテインって太らない?』と言っているのと似ているような気がする。
 トレーニングは健康に良いに決まっている。大事なのはその方法だと僕は思う。年齢や健康状態、自分が何を優先するかなどによって変化させていくものだろう。その中で自分の目的を達成しようと模索すること、そしてそれができる奥深さに意味がある。
 
 
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年末年始というのは、太りやすい期間ですよね。私もそんな経験はよくありました。

新しい1年のスタートを不健康な食生活や不規則な生活パターンで過ごしながら『今年の目標は!』などと考えては、3日坊主だらけの、気づけばそんな目標なかったこと状態の繰り返しばかり。

 食欲というのは生存のための本能なのに、なぜ健康に生きることを保てるようにはできていないんでしょうかねぇ。これって不思議だなぁ。

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 年末年始の休みの間、今年のことよりも、去年を振り返る時間の方が圧倒的に長った。それだけ去年はたくさんのことがあったように感じる。

 今年はコンテストに出場することはないと分かっていることが少し張り合いがないような気もしたけど、コンテストが近づくと仕事をしている時以外は不安が大きくなり、早く終わればいいと考えたりしたことも少しはあったり。
 でもシーズンが終わると同時に、達成感なのか、開放感なのか、急に翌年に向けてのモチベーションが高くなったりと、恥ずかしながらメンタル的には慌ただしいものです。

 何か目標に向かって進み、それを成し遂げるには困難、悩み、不安があるのは当たり前のことだと分かってはいるんだけど、到達する前に自分の力不足にストレスを感じたり、もっと努力できんじゃないかと後悔したり、期日が迫ってくるだけで不安になったり、できなかったらどうしよう?と悲観してしまったり。
 自分では頑張っているつもりでも、そういう気持を完全にゼロにすることって難しいと思う。そんなことを何度も経験しながら、今の僕が思うのは

『それが人間らしくていいじゃないか』

ということ。『そんな弱気じゃダメだ!』と気合で乗り越えられる人もいるだろうけど、そうしたくてもそんなふうになれない時もある。『悩めることは幸せだ』とは言うけれど、それが実感できないこともある。

 そんな時は自分のことを考えるのをやめてみる。自分の外に気持を向けてみるのはどうだろうか。自然、植物、動物、いろんな出来事やそこに関わった人。

 結果を出すことや、競争して勝つこと、欲しい物や地位を手に入れることも幸せだし、嬉しいことかも知れない。それを求める時もあっていい。だがそれが本当の生きがいだと、本当に大切なことだと、僕は思わない。

目標達成のために進みつづけることで、それを達成することで、手に入れることで、人間は心の底から生きがいを感じることができるだろうか?

それ以上に、本当に求めるべきことは

人間として生まれ育ち、
ここまで生きてきて、
今その不安にぶつかりながらも、
努力しようとしている自分があるのは
何の力によるものなのか、
何のおかげなのか、

それを学んでいくことではないだろうか。
そこに気持を向けた時、その不安を乗り越える勇気がわいてくるはず。

去年、1年間を通し、僕の考えはそんなふうに変化した。

 僕の昨シーズンは、地面に額をこすりつけてお詫びをし続けなければいけないような、もう2度とあってはならないという深い反省に終る結果となった。でも、その一方で、僕を支えてくれた出来事と、何度も僕を救って下さった人からそんなことを学んだ。

 もしあなたが今、自分の目標に向けて進みながら、不安や悩みを感じているのだとしたら、今日のこのブログが、今より少しでも勇気を持てるお力になれればと思うのです。



内海新悟

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今年もどうぞ宜しくお願い致します(=⌒▽⌒=)


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 今日は5時15分に起床し、三吉神社へ。
 

 モモを連れて行きたかったので、人の少ない早朝、と思っていったのだが6時前だというのに次々と人がやってくるのに驚いた。


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 僕がお参りをする前に、小学校低学年くらいの男の子と、そのおじいちゃんらしき2人がいた。男の子はいきなり鈴をガンガンと興味深そうに鳴らし始めた。作法など教えてもらっていないのだからしょうがないだろうが、その鳴らし方は結構乱暴で、その姿に慌てたのかおじいちゃんが『コラ!』と鈴緒を掴みおさえた。

 そしておじいちゃんは男の子へ参拝の作法を説明しはじめていた。意外にも、その子供はおじいちゃんの話を興味深そうに『へ~』と言いながら聞いている。いい子だなぁ、僕が男の子だったら『めんどくせ~』って態度だしているかもな。

 そんなことを思いながら、僕もお参りしようと前に進みお賽銭を取り出そうとしたときに、隣でおじいちゃんがこう言う。『お賽銭は、神様へ感謝の気持を込めてお供えするものだから、投げないでそっと箱に入れてあげるんだよ』

 僕はこのことを知らなかった。というか参拝の作法すらけっこう最近までほとんど知らなかった。作法には多分色々と諸説があるだろうけど、確かにおじいちゃんの言っている通りだなと思った。しかし賽銭箱の周りにはもう1つ囲いがあって、箱の中にそっと入れることはできない。どんなに腕を伸ばしても賽銭箱は目測だが、あと50~60cm先といった感じ。

 こういう場合は投げるしかないかと、一瞬思ったが箱の手前にはたくさんの小銭やお札があるのが目についた。お札はムリだろうが、決して小銭を投げて的を外すような距離でもないし箱の大きさもある。にも関わらずこれだけのお金があるということは、箱に入れるのではなく、そこに置いた人がそれだけいるということじゃないだろうか。

 お賽銭は賽銭箱に入れるものだと思ったけど、おじいちゃんの話に納得した僕は、箱に入れるのを諦めて、箱の手前にそっと小銭を置いた。この方がいいのかなぁと迷いながらではあったが。

 90度の拝を2回繰り返し、2拍手。出かける前に、作法を一応調べた時に知ったのが、拝とは背筋をしっかり伸ばし腰を深く折る、神様を敬う最敬礼。僕は今まで会釈程度しかしていなかったが、今日はしっかり最敬礼まで腰を折ってみた。
 日々の出来事と、色々あったが今こうして元気に参拝できていることにも感謝。そして今の決意をお伝えし、一拝。

 たしかに拝は最敬礼が当たり前だよなぁ。考えなくても分かることじゃないか。なんでそれすらも考えなかったのだろう。参拝を終え、おみくじを引きにいきながらそんなことを考えてみた時に、僕はふっとあることを思い出した。

 僕は新しいスタッフの研修をする時に、『頭でするんじゃなくて腰を折って会釈をする』ということを必ず言っている。その状況にもよるが、それがお客様に対しての礼というものだから。いくら自分がちゃんと心を込めて挨拶をしていますと言っても、それを伝えようとすることで初めてその意味があるんじゃないだろうか。
 笑顔で相手を見て、明るく、そして頭じゃなくてしっかり腰を折り会釈をして挨拶をする。心を込めるということは、そういうふうに形に表すこと。心を込めたいと思うからこそ形に拘る。心がなければ形など拘らない、もしくはさっきの男の子のように形を知らないか。僕そうは思う。

 こんなことを書いている僕が『拝は最敬礼で当然だろう』と思いながら、会釈程度しかしてなかった理由は、神様が目の前にいるわけではないから。それが正直な理由だろう。何も意識していなかった。もし本当に目の前にいるのだとしたら、きちんとしているはずだ。知らないならまだしも、それで心を込めているだなんてとても言えなぁと気づいた。

 職場でも、周囲には『頭で挨拶をしてはいけない』などと言っておいて、自分も心が形にあらわれていない、意識しているとは言えないような行動を気付かずに続けてないだろうか?思わずそんなことを考えていた。

 『そこに気づきなさい』まるで神様にそう導かれたような気持だった。

 しかし何から何までそんなふうに意識するのは難しいかもしれないし、それができていないからといって、それは全て心がこもっていないからだと自分を戒めるのは苦しいかもしれない(できるだけ形にあらわすという気持は変わらないが)。
 
 心を込めたい相手が目の前にいなくとも、たくさんのことはできなくても、自分ができることには、たとえそれが1つであっても、できるだけたくさんの心を込めたい。心を形であらわして伝えたい。それだけが行動の判断基準。誰かがそれを良いことだと感じようと感じまいと、誰かが感謝の気持を持とうが持つまいが、心を込めることに意味がある、自分がそう思うことを大切にしていきたい。

 まだ静かで暗い帰り道をモモと歩きながら、そんなことを考えていた。
 
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昨日のイベントの写真、LINEにてタムさんがさっそく更新していますよ~。
ご参加された方はチェックしてみて下さいね(^―^)


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 今年は、『まだあと1日あるのかぁ』という感じ。長かったなぁ。前半は長期間の体調不良。でも何とかコンテストには出場。日本クラス別では入賞を果たしたものの、東北北海道選手権ではドーピングによる成績の失効と平成27年8月末までの出場停止。最低でもその期間は『抜き打ち』の対象に。恥ずべき結果に心を入れ替え、くさらずにトレーニングは続けている。
 仕事の面でもいくつか変化はあり、特に後半は非常に大きな出来事もあった。そんな感じで全体を通して振り返ると、最近にはないくらい目まぐるしい年だっただろうか。

 でも、自分の中でずっと、一切変化せず持ち続けたこともあった。どんな出来事が起きても、どんな環境の変化があろうと、誰かにどんな態度をとられようと、言われようと、どんな恥をさらそうと変わらなかったこと。そのおかげで乗り越えられた年でもあった。

 それが何なんなのかということは割愛するが、そうんなふうに感じるのは初めてかも知れない。合理性やギブ&テイクといった自分への損得も関係なく、ただ一心に持ち続け、それを日々のエネルギーとして。そうしてこれたことに感謝の気持が沸き起こる。

 不本意だったこと、恥をさらしたこと、未熟さを痛感したこと、色んな事があったが、そのエネルギーのおかげで、それ1つのことだけで万事が心のままであったと思えるほど。
 もちろん、失敗したり、恥をかいたり、くよくよ悩んだり、そんなことは減らせるようにしたい。でもそんなことがあったとしても、これからもこんなふうに思えるような自分でありたい。
 
 良いことがあったから、成功したから、感謝することが多かったから良い一年だった。失敗や、辛いことが多かったから、イマイチな一年だった。そういうのもあるだろう。でも、そういった目に見える出来事だけじゃないんだな。今日は静かで冷たい空気を感じるジムで朝トレをしながら、そんなこと考えていた。


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 さて、今年は今日が最後の更新。

 今年も僕の駄文にお付き合い下さり、本当にありがとうございました。読み続けて下さった方、メッセージやクリック投票、ジムで直接ご感想などを伝えて下さった方、そういったことにもどれほど励まされてきたことか。
 来年もここで、僕の生き恥や気づいたことを脚色なく書き続けていきたい。そしてそれが何らかの形で、あなたのお役に立つこともあればと、そんな思いです。


 ところで、年始は毎年同じお問い合わせが増えるのですが、ゲオフィットネスは3日より『通常営業』をしております!来年もどうぞ宜しくお願い致しますm(_ _)m


 では、来年もあなたにとって良い年となりますように( ´ ▽ ` )ノ
今日は最終営業日、そしてレスミルズ新曲発表会。の裏側?を。

特に前日の夜は結構しっかりと動いて確認をする。
のはずなのに、休憩室にいくとT村が
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顔の先には一応DVDが流れているけど、これ絶対寝てるよなぁ。

と思って数十分後に休憩室に戻るとテーブルには
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やる気だな、しかも2本か!

僕はAスタへ、ダブルT村はBスタへ。
僕が終るころ、Bスタを覗くと
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キッツイ~~と言いながら追い込む2人。
練習でも力は一切抜きません。
その証拠に練習後の先輩T村のソックスは!

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気合が表れているなぁ。

ステップはノーミスだったとのこと、パンプもミスはあったもののきっちり盛り上がり!

イベント後は閉館業務しながら、みんな腹減ったトーク繰り返し(笑)

いいもん食ってんのかなぁ、、、( ̄ー ̄)ニヤリッ
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【浮上!】


ボム第一弾。
タムさんと投票残業?

この『田村泉に投票する』ってのを見るのがが最高ですね(^-^)

最後まで諦めずに応援!
25位以内目指して、まだまだ諦めません!


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【新曲発表会】


今日から整理券配布始まりました~

各アイテム残り13~14枚となっています!
お早めにどうぞ~

そしてっ!
すみませんが明日のブログ更新は
マッチョの事情により急遽お休み
させていただきますm(_ _)m


 先月のブログで『謙虚さ』ということについてその時に考えたことを書いてみたが、それ以降もその言葉の意味について何度も考えることが続いていた。

 というのも、実はその話になった時に、僕は『謙虚になるために◯◯しようとか、それができているかどうかを管理しようとしたりするものではないと思うんだけどなぁ・・・』ということを思わず発言してしまったから。

 でも、やることを『決める』というのは必要だし、まずは大事だからそれはそれで良いことだと後で思い直したけど、僕個人としてはどこか腹に落ちてこなくて、答えがでずにいた。

 謙虚であることは大事なことだと誰でも感じることだろう。でも、『謙虚になろうとする』行為によって謙虚になれるものなのか?それって本当に謙虚だと言えるの?この『?』がずっと僕の中で続いてた。謙虚にしようと思っていること自体が、そもそも謙虚と言えないような...僕の感じていることが伝わりますでしょうか。

 で、僕が『謙虚な人だよなぁ』と感じる人たちのことを思い浮かべてみた。そしてその人たちは謙虚にしようと努めているから謙虚に見えるのかというとやっぱり全然そんな気がしないんですね。どっちかというと、とても自然な雰囲気で、言動そのものではなくて、伴ってにじみ出てくるもののような、そんなふうに感じる。

 だから『謙虚さ』というものは、そうなろうと意識するものではなく、自然とにじみ出るもの。じゃぁどうやったらそんなふうになっていくのかというと

『中身の伴った充実した人間になること。』

 ということなんじゃないかなぁと考えた。そしてその瞬間、思わず鼻からため息がでた。『中身が伴った』という言葉を素直な気持で受け止めて考えてみると、自分はまだとてもとても合格点だとは言えないが、そんなに悪くはないだろう、それなりにはなれているんじゃないかなと、恥ずかしいが隠さず正直に言うとそんなふうに自己評価していたから。

 中身を充実させるためには、まず自分がゼロにならなきゃ。自分のことを『それなりには』と思っている時点で『学ぶ』という気持が欠けているんじゃないだろうか。そしてたくさんの気遣いをいただいたり、許してもらったり、御恩をかけていただいたり、それらは自分が気付かないところでも起こっているかもしれない、そこまで思いを巡らせ感謝できているだろうか、反省をしているだろうか。

 そういう学びや気付きを得ることで、なろうなんて思わなくても、自然と謙虚になってしまうものだと思う。そのためには自分をゼロにして、尊敬する人や、そばにいて思わず相手以上に自分が自然と恐縮してしまう人と触れ合うことで、自分に足りないものを素直に感じて受け入れたり、本を読み成人君子、偉人に触れることで自分の無知・未熟さを見つめ直したり。

 こうやって書き表してみると、別に難しい内容ではなく、実にシンプルなことに感じる。無理に謙虚になろうとするんじゃない。ゼロになって『学び・気付き』を得て、少しずつ自分の中身を充実させていけばいいんじゃないだろうか。少しずつ。

 アルベルト・アインシュタインのこんな言葉を思い出した。
『学べば学ぶほど、自分がどれだけ無知かを思い知らされる。自分の無知に気づけば気づくほど、より一層学びたくなる』

 自分のことを『それなり』だと自己評価し、無知だとまでは思っていなかった。それでいて謙虚にな人間なろうと考えていた自分は複雑というか、上っ面だけの自己満足じゃないか。今感じているこのことを忘れないように過ごしていきたい。


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チャップリンの『独裁者』という作品(1940年)

経済、科学、産業、地球上では様々なことが絶え間なく飛躍的に進歩・成長を遂げてきた。
だけど、最も成長しなくてはいけないのは人類であるということ。
そんなことを僕は感じた。

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