『点と点がいつか何らかのかたちでつながると信じなければならない。 自分の根性、運命、人生、カルマ、何でもいいから、とにかく信じるのです。歩む道のどこかで点と点がつながると信じれば、自信を持って思うままに生きることができます。』
スティーブ・ジョブズ伝説のスピーチと言われている一部分。僕はこの言葉に衝撃とかなり影響を受けてきた。そしてたまに動画や全文を読んだりしては、その時の気持ちを思い出す。
今、自分がしていることが興味のないことであったり、もっと極端に言えば自分の夢や人生の計画とは無縁のものだとしたら退屈かもしれないし、時間の無駄と感じたりしてしまうかもしれない。それでもそれに意味があったとあとになって気づく日がくる。それを信じて今を生きる。
そう解釈して自分を鼓舞させたりをしていたが、それとは微妙に異なることを最近考えるようになってきた。意味は変わらないが、違う解釈を。
確かに今の僕が人生を振り返ってみると、『点と点が線になっている』と感じることは驚くほどにある。だけど、どう考えても過去の僕がそれを知ったところで、ジョブズのその言葉通り信じて生きる決意をすることはできなかったと思う。
そういうつもりで、その時できる事に集中してきたという感じはまったくない。信じていたわけではないけど、ただ黙々とやってきたかなぁという感じなのです。
どんなに夢や希望、未来の計画を描こうと、自分が生きることができるのは過去でも未来でもなく『いま』でしかない。ということの方が受け入れやすい。
目的地があるわけではなくて、信じようが信じまいが、『いま』を充実させた結果、どこかに到達している。そして振り返ると、点が繋がって線のように見えると考えた方が、まだ少し呑み込める。 もしそうならば、そのためには、やはりゴールというものは考えなくてもいいというか、存在する必要すらないものなのかも知れない。
例えば、オリンピックで金メダルをとることを夢見て、子供の頃から毎日厳しい練習を積み重ねるアスリートがいたとする。そしてもし本当に金メダルをとることができたなら、ゴールに向かって歩んできたように見えるのかも知れない。
でもそこいたるには毎日の鍛錬がある。そしてその日々というのは『金メダルをとろうとする過程』であるわけで、その日やるべきこと、目の前の一瞬に集中できるかどうかにかかっている。『いま、ここ』においていえば、それがもっとも大事なことであり、金メダルをとれるかどうかは関係ないと言いかえることができる。
誤解のないように。もう一度。『いま、ここ』におていは金メダルをとれるかどうかではなく、今なすべきこと、そこに全力を投じたかどうか。それが結果であるということ。つまり、『過程』そのものが目的であり、到達点になるということ。
もし、本当に真剣に『いま、ここ』だけに全力を投じることができるのならば、過去や未来を考える余地もないし、見ようとすることもない。それをなし続けていたら、『なってしまった』と振り返る時が来る。
『いま、ここ』に全力を投じれば今しか見えないはず。それができないから過去が気になる、未来が予測できるような気がしてしまう。理想と現実のギャップ、過去の出来事など、『いま、ここ』に全力を尽くせているのならば、考える問題ではないはず。
テストで100点をとるというゴールがあるのではなく、毎日一生懸命勉強し続けることに集中していたら100点がとれていた。
会社や上司からの評価され、地位を得たり、満足するだけの給料をもらうというゴールがあるのではなく、ただ目の前の仕事に集中しつづけるうちに評価や金銭的報酬を得ていた。
自分を過去や未来と比較するのではなく、今どう生きるのか、今の自分ができることに集中していたら、自分のやりたいことができていた、それに出会っていた。
なし続けていたことが、気づいたら『なされた』になるということ。
これが『点と点がいつかなんらかの形でつながる』ということではないだろうか。であれば過去も未来もない、存在しない。未来のゴール、目標や夢がなかろうと構わない。
それがあったとしても、『いま』を生きることに光をあてなくては、その夢も目標も、ただ先延ばしにしている毎日が続いていることになり、それこそ自分を騙しているのと同じでだという気がしないでもない。決心をしない限り、いつまでたっても準備期間。
だけど決心をすればもうその時点で、その時から、『本番』に変わる。そして『気が付いたら、ここまできてたんだなぁ』と思うようになる、点が繋がっているかのように見える。
ジョブズのスピーチを時間を経て観返し、そんなことを思った。今日は文中の各所に、言い切るような表現が多いが、僕の頭の中で、考えを整理しているためなので、あまり気になさらないでくれたらと思います。読み返してみると、厳しい話のように感じつつも、それ以上にシンプルなことでもあるように感じる。
しかし、そうは言っても夢や目標があるからこそ、目的地を見ようとするからこそ『いま』に全力を注げるんじゃないのか?そんなことを考えてしまうだろう。そもそもそんな夢や目標がなくてもいいという考え方自体が信じられないと思われるかもしれない。
じゃぁ例えば、自分がやりたいことがあるけど、今はそれができていない状態だとしたならばどうだろう。それでも今やっていること、あるいはやらなくてはいけないことをやり続ければ、それがいつか『線に見える日が来ると信じて』本当に全力で打ち込めるだろうか。
もちろんそれができる人もいるけど、そうじゃないならどうすればいいのか。ジョブズのスピーチ通りに信じられなくても、それでも『いま、ここに』集中できるようになるためにはどうすればいいのか。自分をそう導いてくれる、決して揺らぐことのない『何か』が必要なはず。
そしてそれが何であるか、僕は自分の今までを振り返ってみると、それを見つけていたような気がするのです。
実は、今日はそのことを書くつもりだったのですが、気づいたら前置きが長くなってしまいました。未来も過去も関係ない、目標や夢という目的地ではなく、その過程こそが結果である。そのことにご共感いただける、あるいはそんな話に興味がわく方は、メッセージなどいただけたら嬉しく思います(今日の続きを書くかどうかは未定)。
今していること、やるべことが、本当にやりたいことでなくても、やりたいことが分からなくても、自分に自信がなくても、それでも人は幸せになることはできると僕は思うのです。
自分がこんなことを考えるようになるとは、想像することなどなかった。自分の人生について、その在り方を考え続けてきた結果、気づいたらこんなことを考えるようになっていた。
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