【努力はしても結果や現状に拘らない】 | Live with Max.

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世の中のあらゆることは、人間関係に行きつく。
そんな視点でいろんなことを考えながら書いています。

 最近、ちょっとバタバタしていてトレーニングから遠ざかってしまったが、昨日から軽めだけど再開してみた。しかも久々に出勤前の朝一にやってみたら、やっぱり気分は爽快だった。
 音楽を聞きながら、あるいは周囲の人と会話をしながらとか、環境や人の好みはあるだろうけど、シーンとした中で黙々とやる方が僕は好きだ。

 当然ながらトレーニングを休みがちになってきた時は、できていない自分に焦りを感じてしまった時もあった。『今、思い切り頑張れば、必ず後から楽になってくる』と思いつつも、『こういう自分でありたい』という像とズレていくと、ちょっとストレスを感じてしまう。

 もし、これがコンテスト前とかなら、多分どうにかしてやりくりしていただろうと思う。僕はありがたいことに、仕事の時間以外なら早朝だろうが夜中だろうがトレーニングをできる環境に恵まれているから。

 そういう今までの自分と、恵まれた環境があるから、一生懸命やらなきゃという気持ちだったけど、久々にトレーニングをして、思った以上に情けない内容だったにも関わらず、何となく別にそれでいいんだよなって思えた。

 僕は欲張り過ぎていたんじゃないかなと。

 自分が望んだ通りに、こう在りたい、と思ったり努力したりするのは、成長するために、人生をよりよくするために必要なことだから良いと思う。でも、最近の僕は、それが実現できていないことに焦りを感じていた。


 トレーニングを再開するまでは、他に優先すべきことがあるとか、無理して体調を崩してはいけないからとか、原因を挙げて

 『現状に対する原因と、望む姿と異なる自分』

このことばかりに気を取られていたように感じる。


 しかし人生初であろうと思うほどの期間、トレーニングから離れてみて強く感じたのは、それに対して自分でOKを出してあげなくては、今度は仕事をするのが苦しくなってくるのではないか?ということ。

 強く望むこと、そのために努力する。でもその結果が『望んだ通りに実現できていない現状』、『自分ではこう在りたいけど、どうもそれができない』それでももいいんじゃないかな。

 自分だけが分かるそういう誤差や矛盾に対して、自分がOKを出してあげなくちゃ。そこに拘り、仕事に対しても無気力になってしまってはいけない。そういう苦しみを自ら手放さなくては幸せにもなれない。結果は自分の理想とは異なっていても、やれるだけ精一杯頑張っているならば、もう結果にはこだわらない時があってもいい。

 努力すれば、必ず理想や夢を実現できると信じて、結果にも拘る生き方。努力はしつつも、思い通りにならない現状にOKを出し結果には悩まない生き方。

 どちらが良い人生を送れるだろうか?

 両方を、自分の現状に合わせて使い分ければいい。僕はそんな気がした。『なんかそれって適当じゃない?』『いや、それは甘いだろ』そんな声も聞こえてきそうだが。それで押し通せる人ならばそれでも別に構わない。
 
 でもですね、あぁそういう生き方もあるなぁと考えてみたら、僕はなんだか今までのストレスがス~っと消えて、気持ちがすごく楽になり、前向きになれた気がした。今までは、自分の現状に対する『原因・理由』ばかりに気をとられていたけど、それじゃどんどん苦しくなるなぁと。

 理想や結果にこだわり努力し続けることも必要だし、努力はするけど拘らないことも必要。そこを行き来しながら、少しずつ成長してこともできるんじゃないだろうか(努力するのは大前提)。

 『こう在りたいんだけど、そうなれずにいる自分』にストレスを感じたりして、気力までも低下してしまっているような時があるならば、そんな苦しみは早く手放し、心を癒して、その次の可能性に気持ちを向けられるようにした方が良い。現状や結果はどうであろうと、自分が望むものや方向性がブレさえしなければ。

 予想以上に重く感じてしまった重量のバーベルを見ながら、そんなことを考えていた。