クイーン
最初のロック・コンサート。それは、クイーンの初来。
1975年、14歳のときだった。
当時、クイーンは、決してワールドワイドな存在でなく、一部のマニアなイギリス人と、日本人のものだった。
日本でのみ、彼らはメジャーだった。(ボン・ジョヴィも、そうだったよね)
フレディが短髪になり、世界のアイコンになるのは、まだ先のことだ。
ミュージック・ライフで突然のブレイク(人気投票2位だったかな)を果たした彼らに興味を持った私は、
「クイーンⅡ」「シアー・ハート・アタック」の2作で彼らのとりこになった。
とりわけ、「ブライトン・ロック」が大好きだった。
コンサートの日、初心な中学生は、かすかな後ろ暗い快感を携え武道館をくぐった。
大人の匂いを嗅ぐ面持ちだった。と思う。
一人でコンサートに行く勇気はとてもなく、仲のよかった同級生を誘った。
そいつは特にクイーンに思い入れがあったわけではない(と思う)が、喜んで同行してくれた。
武道館の上のほう。南側の席だったかなあ。
相棒は異様に手先の器用な男で、後年工務店を開くのだが、その片鱗を発揮。時間を過ぎても出てこないスターをあおるつもりか、手元にあった紙を飛行機に折り、空に放った。
飛行機は見事なラインをトレースし、アリーナに向けゆっくり、しかし特筆すべき糸を引く。
美しい軌道に、会場から拍手が起こった。
少なくないその賛美に、僕は驚きと賞賛、誇らしさと嫉妬を覚えた。
突然、照明が落ちる。
歓声。はじめてのオナニーと同じようなときめき。
鳴り出したイントロは、Now I'm Here。
リフが、耳に焼き付いている。
クイーンも日本のファンも、あのとき、お互いを「特別なもの」と思っていたはずだ。
初来のコンサートには、そうした胸キュンな想い、恋に似た感情が流れていたように思う。
それは、彼らが世界のものになっていく過程で、薄れていった。必然のことだ。
でも、私にとっては、あの日こそクイーンなのだ。
ブラームスはお好き!!
ブラームスが好きだ。
クラシックの作曲家では、バッハとブラームスが大好き。俗に「三大~」とよくいうので、もう一人いないかな、とよく思うのだが、なかなか見つからない。今日の気分では、モーツァルトである。
子供の頃に、親父がよくレコードをかけていたのが、「ハンガリー舞曲」。妙に印象に残っているので、その頃からブラームス好きの気はあったのかもしれない。10代20代、セックス、ドラッグ、ロックンロールの時代を経て(嘘。ロックだけ)、30代、クラシックに色目を使い出す。
そこで再び、ブラームスに魅かれる。
彼の魅力は、屈折したロマンティシズム。
著名な識者(忘れちゃった)が言っていたように、彼には二律背反の法則がある。
老成と青春。厳しさとやさしさ。慎重居士と、溢れるセンチメンタル。
グールドの間奏曲集など、ブラームスのディスクを愛してやまない。
交響曲では、ワルターやボールト、最近ではインバルが素晴らしい。
ラトル~ベルリンは、いつ出してくれるのかな?
ミルシティン、ヌヴー、ムター、オイストラフ、シゲティ、シャハム、スターン、江藤俊哉、クレーメル、ヒラリー・ハーン、オークレール、グリュミオー、ティボー。
映像版では、テツラフ、庄司紗矢香。コレクション願望満開である。
疲れているとき、ディスクをめくりながら、誰かのヴァイオリン協奏曲をおもむろに取り出し、セットする。
ソリストの旋律に、時を忘れる。
昨日は、シゲティだった。
サイモン&ガーファンクル
もし、一番好きなミュージシャンは?と言われれば、カレン・カーペンターと答えると思う。
で、一番お世話になったミュージシャンは、となれば、この二人組をあげると思う。
最初に耳にしてから、もう30年になる。
とにかく、ずーっと好きなのだ。思い出の、とか、中学生の頃、とか、ではない。今でも直球ど真ん中だ。
どうしてこんなに時代を超えるのだ。
おそらく、最初から時代を超越しているのだ。
しかし、アレンジの質とか、すべての面で時代を意識させないというのは、すごい。
最初に好きになった曲は、「アメリカ」。11歳の頃だったかな。
イントロの美しいハミングから、もうどっぷりである。
アコースティックで繊細なアレンジに、哀愁を帯びた二人のコーラスが重なる。
歌詞が素敵だった。正確にはわからないが、恋人同士が、アメリカと、おそらくは自分自身を探す旅に出る。
バッグとか、シガレットとか、ミセス・ワグナーズ・パイとか。キャシーがどうしたとか。歌詞に、胸がときめいた。
青春の、どこかけだるい甘さ。理由のない寂しさ。小学生は、禁断の香りを嗅いだのだ。
今でもわたしは、キャシーと一緒に、アメリカを探しにいきたい。
それからも、フェイヴァリット・ソングを微妙に変化させながら、彼らを聴き続けている。
ボクサー。いや、フィーリン・グルーヴィー、スカーボロ・フェア、ミセス・ロビンソン、ううむ、きりがない。
そもそも、一曲にしぼるのは無理だ。
最近、ポール・サイモンのソロアルバムを聴き漁った。
オリジナル・アルバムのなかに、珠玉の宝がいっぱい。
ベスト盤にはとりあげられない、いささか地味な小品が、わたしにとってはかけがえのないものだ。
やはり、オリジナル・アルバムはおいしい。
ベスト盤は、自分の耳で作るものだと再認識。
S&Gがエヴァー・グリーンである秘密は、ポールのソロアルバムにある。
少年の哀愁。普通の男の子は、18歳にもなると失ってしまう。彼は、それを捨てられない。
永遠の少年。それは、幸せなのか、重たいものか。
最近、さすがに年輪を感じさせる面がまえになったポールに聴いてみたい。
そんなことを思いながら、エヴァーグリーンの円盤をつかむ。


