この世界は黒過ぎる。超大国の横暴、政治の腐敗、苦しくなる一方の生活、心無い言葉、そしてその言葉を糾弾する自称正義の人々。もう見ていられない。この世界の全てを、真っ白に染めてもらいたい。
2回鳴らした手のひらを合わせながら頭に浮かんでいたのは、大体こんな感じのことだった。目を開き辺りを見回すと、もう三ヶ日の最終日だと言うのに、地元の神社の境内はたくさんの初詣客でごった返していた。少し時間を掛けすぎたかも知れない。僕は神前に一礼し、くるりと踵を返すと、そそくさと家路についた。
帰宅してコートを脱ぎ、テレビをつけると、何やらひどく騒がしい。極渦が分裂して日本上空に来るとか、シベリア高気圧が怪物級にとか、偏西風が日本の真上を大きく南に迂回とか、何を言っているのか全くわからないが、結論としては、明日、日本列島に記録的……いや、破滅的な寒波が訪れる、ということだった。
テレビの向こう側では、食料、水、カイロ等の備蓄を確認しろ、不要不急の外出は避けろと、アナウンサーが騒いでいたが、僕の耳にはどうも、非現実的な物に聞こえた。破滅的な大寒波?自分の人生にそんなことが起こるなんて信じられない。当たるがどうかもわからない予報を、大袈裟に騒いでいるだけだろう。ぼくは大きなあくびをするとテレビを消し、もぞもぞと布団に潜り込んだ。
しかし、それは本当にやってきたのだ。
目覚めた時、部屋は真っ暗だった。ほんの仮眠のつもりだったのだが、スマホの時計を見ると、時刻は午前2時を示していた。
窓の外から、強い風の音が聞こえる。外を見ると、見たこともないような猛烈な吹雪だった。1メートル先も見えない。急に感じた寒さに身を震わせ、エアコンの温度を上げ、また布団に戻った。
寒い。凍えて目を覚ます。エアコンの電源が切れているようだ。時刻は午前7時。もう日は出ているはずだが、外は相変わらず暗い。SNSを見てみると、僕が住んでいる地域の電力需要が爆増しているため、電気の供給を一時的にストップしているらしい。押入れからあるだけの布団と毛布を引っ張り出して、それにくるまる。この寒波は、いったいいつまで続くのだろうか。
2日目。断続的に使えていた電気が、全くつかなくなった。雪の重みで送電線が切れたらしい。復旧の目処は立っていないそうだ。忌々し気に外を見たが、吹雪は収まる気配がない。
3日目。ネットで情報を集めていると、かなりの数、死者の情報が目につくようになった。雪の重みで家屋が倒壊したり、それを防ぐために雪下ろしをしようと屋根に登り、そこから転落したり、低体温症になったり、原因は様々だったが、死は死だ。
スマホの充電は残り24%。有益な情報はないし、目に入るニュースは気が滅入るものばかりだ。しばらく見るのはやめよう。
4日目。壁にかけた温度計を見ると、室温は3℃を指している。寒い。
缶詰を食べながら、地震に備えて水と食料を備蓄しておいて良かったと思う。しかし、それも残り僅かだ。雪に埋もれて窓の外はもう見えなくなっていたが、低く唸るような風の音はまだ続いていた。
5日目。常に眠い。真っ暗な中、かじかむ手でインスタントラーメンの袋を破り、中身をそのまま齧り、冷たい缶詰を食べる。
トイレの水が流れなくなって久しい。悪臭がひどい。
6日目。ついに食料が底をついた。室温も既に氷点下を下回っている。
眠気は常にあるが寝付けない。というか、寝てはいけない気がする。手足からは痛覚以外の感覚が消え、意識は朦朧としている。僕も、このまま死ぬのだろうか。
7日目。絶望の中で目を覚ます。ずっとウトウトしているような感覚だったが、いつの間にか寝てしまっていたようだ。空腹感が酷い。
……なんだろう。違和感を感じる。辺りを見まわす。周囲は相変わらずの暗闇で何も見えない。スマホの充電はとうに切れており、灯りもない。耳を澄ましてみても、何も聞こえなかった。
……何も、聞こえない?
違和感の正体はこれだった。この1週間、ずっと聞こえていた風の音がしないのだ。怖いほどの静寂が、真っ暗な部屋を満たしていた。
布団から抜け出し、ゆっくり立ち上がる。部屋の扉を開け、ふらつきながら廊下を歩き、階段を登る。1週間ぶりの運動で息が切れる。
震える手で屋上の扉を開ける。雪に阻まれ動かない扉を、半ば体当たりのようにしてこじ開けた次の瞬間、目に飛び込んできたのは眩いばかりの光。
久し振りの光に目が慣れると、そこに広がっていたのは深く澄んだどこまでも青い空と、純白の平原。
世界の全てが、真っ白に染まっていた。
お題:地元、絶望の、純白の