世の中にたくさんの悪や悲劇などが存在します。ある人はこれを見て、神も仏もいる訳はない、と考えてしまう。

 

今回はそれについて、書いています。

前回の続きとなりますが、内容的に少し違いがありますので、そのタイトルだけは新しく変えました。

 

続きはここをクリックして読んでみて下さい。

 

 

 

 

 

神様は実在するか(3)

神様は実在するか、どうかを実話、悪魔払い、中国でのクローン成功の話の中で触れました。

 

もしこのような事例が真実であるならば、霊は存在する。また猿のクローンの成功が意味するものは、サルには霊がいなかった、ということなどでした。

神様が実在するとなると世界はどうなるでしょうか。例えば、これまでの多くの人生哲学はほぼ崩壊するのではと思います。

 

なぜなら、それらは全て次の世界を全く考慮にいれていないからです。それらのおおよそは、私たちの世界は初めがあって、、そして終わりがあるのですけど、その初めから終わりまでの間で、どう生きる事が有意義なのか、、がその中身であると思うからです。

 

ところが、次の世界があるとなると、人生の終わりも初めも不明となってしまいます。そうなると人生哲学は根本から変わるのではと思うのです。

なぜなら、死んでも、それで終わりではなくなるからです。

 

この世で、私は不幸だ、不幸だと嘆いている人達も、その考えを変える必要があることになってきます。そんなに嘆かなくてもいいんですよ、となります。なぜなら、不幸は長くは続かないという可能性が出てくるからです。

続きは次で、、。

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前回からの続きで神様は本当に実在するのか、の(2)です。

神様は実在するにしても、目に見えない存在なので、その実在の証明は難しいと思います。けれど、間接的な事実からその存在を知ることが出来るかどうかなのです。

もし、神様が実在しないとなると、人生はこの世だけのものとなり、人生観も大いに変わるかも知れないのです。

先に登場したホーキング博士の言われるように神様の存在はおとぎ話ということになります。

また、人によってはこう言うかも知れません。

世の中を見て見ろ、幸、不幸などの

不平等がはびこっているではないか。もし神様がいるなら、そんな不平等をお許しになるはずがない。それを見たって神様等いるはずがないではないか、と。

もし実際に存在していたなら、、

続き

 

 

 

 

今日は、ブログが遅くなってしまい、すみませんでした。

まとまった時間がとれませんでした。

 

今回の問題はとても重要な問題で、荷の重い事柄かと思います。

内容については、あくまで読者の方の参考になれば、、いい。


この問題については、私なりの結論は持っています。

けれど、ここは公の場所であるということと、誰もが持つ心の自由を考えれば

皆さんご自身で判断して頂くのが良いのではと思っているのです。

 

神様が実在するとなると

世にある既成の人生観など、多くの事柄が変わることになるのではないでしょうか。

実在しないとなると、、、何もいままでと変わら無い、、と思います。

 植木等さんの歌のように、最後で、はい、それまで、、!

科学の言う様に、人は死んでしまえば、それでお終いになるかどうか、、。

これはこれまでに考えて来た”実話、悪魔払い” や ”中国での猿のクローン成功”の

話に関連を持ってくるものと考えています。

続きは下記で

神様は実在するか、、 

 

 

 

 

霊的状態ってどんな状態なのだろうかと、、。

それで、それらし事例をとりあげて見ました。

以下に事例をとりあげています。クリック

 

 

文鳥の手乗りヒナ 無心な様子

 

稲川淳二さんシリーズみたいに怖い話になっているかも知れないのですけど、

今回の(3)でほぼ終わりです。

前回では、水と油は相いれない関係なので、悪魔が油ならば

悪魔が嫌いになる水を探すことで、悪魔から身を守ろうという方向で行きたいと思ったのです。

実話の悪魔払いの過程を観察すると、悪魔が明らかに嫌っている事柄がありました。

なぜ、嫌っているかというと、これらによって悪魔は実際に追い払われたからです。

追い払われるには、それ相応の理由があったからと思われます。
それを今回は考えて行きます。

この続きは次をクリックして下さい。クリック

下は緊急蘇生を必死に試みている可愛い犬の様子です。

 

 

 

 

 

 

 

 

憑依なんて言うと、稲川淳二さんが登場しそうですけど、、

ここでの話はアメリカでの

実話からの延長で生まれたものです。

その実話とされているものが真実であるかどうかは、読む方の判断です、

不思議を信じるも、あるいは信じないも、その判断の根拠が必要となると思いますが、

もし、科学が否定する世界が実在するとなると大変な問題になるのではと思うのです。

この世の価値観が、人生観が一変する。

それについてはいつかまた、、。

 

前回では霊世界と人が住む人間世界とは分離されていて、

互いに他の世界を見ることは出来ない。それなのに悪魔から

は人間が見えてしまい、結果として憑依が起こる。これはなぜか、

そして、それを防ぐには、と考えて見ました。

今回はその(2)です。

続きはクリックで飛びます。

 



 

前回は実話に基づいた悪魔に憑依された事件をとりあげましたが、
しかし、そのような憑依はなぜ起こるのでしょうか?

これに対して、悪魔に憑依される理由を考えることが、
有益ではないかと思うのです。この問題は少し長くなりそうですので、
何回かに分けて続けようかと思っています。

 

この続きはここをクリック

上は事件の舞台になった家

 

今日は怖い話です。稲川淳二さんをゲストにお呼び出来ると良いような話です。

日本でもありますよね、悪魔払い。鬼は外、福は内!これは笑いながら出来ます。

ところが本物の悪魔払い、は想像を絶する迫力で、生易しいものではないようです。


一度、悪魔に憑依されたという少女の声を聴いたことがあるのです。およそ、

少女の声とはまるで違った、しわがれ声で、
その声の持つ迫力には圧倒されました。

悪魔払いをする牧師さんは相当の心の力が無いと、
こういう相手には負ける恐れも出て来るのではと思いました。

直感ですけど、悪魔の声を聞くのは危険だと思いました。
単に、何だ、そういう事実があったのか、、
で止めておいた方が安全と思います。
そこに感情を入れては危ないと感じました。
ああいうものに対して
距離を縮めるは危険だという事です。
ちょっと分かり難い言い方だと思うのですけど、あまり近寄らない方が良いと

いうことです。このブログでも感情ぬきで出来るだけサラッと進めます。

アメリカで起きた実話です。

続きはここクリック ストレス注意

 

下を見てリラックスして下さい

 


私の中に別の人がいるとは、憑依だと思うのです。これは実際に起きた事件です。

裁判所はこの事件での多重人格を否定することが出来なかったようです。

 

私は過去に起きた凶悪犯罪の被疑者が訳の分からない自供をしているという記事を何度

新聞で読んだことがあります。被疑者は自分の意思でこの犯罪にかかわったのではなく、

誰かが自分に強制したと主張するのです。

 

科学的捜査を基本にする警察は勿論、こういった話を信じるわけが無く、

大抵は精神鑑定にまわします。しかし脳そのものに異常など見つかる

事はないのです。
 

では被疑者が嘘を言っているかと言うと、そのように推量することも妥当では

無いのです。なぜかと言うと、被疑者の自供内容は、最も信じがたいもので、

こんな内容をあえて自供することは被疑者自身にとって非常に不利となるからです。

 

そんな選択をあえてしたと考えるのは妥当ではないのです。

ではその自供は真実であるのかと言うと、

私は自供のとおりであっただろうと考えます。

 

次は実際に起きた事件を法廷はどう見たかについてです。

事件を題材にして、憑依に触れました。

 

ここををクリックして次の私のサイトで詳細を読んでみて下さい。newfield.ca

前のサイトはお話した通り、四月半ばをもって閉じました。

 

 

下は仲良しこよしの白文鳥です