前回の続きで、神様の存在を前提にした話になりますけれど、今回は、この話の最後となります。
もし善だけの悪の無い世界が存在すれば、世界はもっと明るく、心地よいものであると想像します。
けれど、そうすることは人間を創造したほどの神様にとっては簡単なはずと思いますけど、実際はそうはならない。
これはなぜか?
ひとはいずれ死ぬ(5)
前回の続きで、神様の存在を前提にした話になりますけれど、今回は、この話の最後となります。
もし善だけの悪の無い世界が存在すれば、世界はもっと明るく、心地よいものであると想像します。
けれど、そうすることは人間を創造したほどの神様にとっては簡単なはずと思いますけど、実際はそうはならない。
これはなぜか?
ひとはいずれ死ぬ(5)
人はいずれは死ぬ(3)からの続きです
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悪を内部に持っていない人は皆無と思っています。
一時的に犯してしまった悪と、ある悪を好んで選択し、それを繰り返すのとではは根本的に違うと考えているのてす
誰だって、心にジギル博士とハイド氏がいない人はいないはず。
人は誰でもその心に二面性を持っているということです。
けれど、ハイド氏と睦まじく交際し親友になるとなると話は別。
誰とでも友になるのは個人の自由ではないかと言えば、その響きはいい。
けれどハイド氏を友にして、良い事はないだろうと思う。
神様が存在しないとするならば、それなりの根拠が必要だと誰でもが思うはずです。皆さんも、ある事を判断するには、それなりの材料のようなものが、そう判断する根拠が欲しいと思うはずです。
私にすれば、
神様が存在しないとするには、自然の世界には不思議なことが多すぎるし、この疑問が消えないのです。
皆さんは皆さなりの考えがあるとは思いますけど、。
私には自然から偶然に生れたとは思えない愛と真理と言うような分野に属する抽象的な事柄があちこちで見かけて、多すぎる、と思えるのです。
自然は抽象的な、そんな複雑なものを生み出すことは不可能ではないかと思うのです。自然の生み出せる知性をを甘くみているのです。
私は自然が知性を生み出せる訳はないと思っているのです。それは、もともと単純なものであるはずだと思っているのです。
ところが、自然界に存在するもので、あまりに複雑で知的なものとなると、、素直に偶然から生まれたものと簡単にかたずけられないのです。
そんなことで、もし神様が存在するとなると、根本から、全てに対して考え方が変わるのではと考えています。

初めて見る世界、、興味深々
前回の、人はいずれ死ぬ(1)の続きです。
この事実はつらいけど、見ぬふりで行くことは出来ない。
いづれ、遅かれ早かれ、それは誰にもやってくる。
手遅れにならないうちに、、考えてみるのが良いかと
思います。

理論物理学者のホーキング博士
フフフ、、今日は。神の話だって?それを聞いてどうする?
それはね、暗闇を恐れる人間のおとぎ話だよ、フフフ、、。
(言葉の表現は編集してあります。)
相対性理論のアインシュタイン博士
物が動く為には力が必要だ。それがなければ
物は絶対に動かない。では地球のような重い
星を何が動かしていると思うのだ?
神しかいないだろう。
(表現の言葉は編集しました)
続きはクリック
皆さんは自分の死について、どう考えますか?
私は、小学生の頃、よく布団の中で考えたことがあります。
小学生がどうあがいても解決できるような
簡単な問題ではなかったのですが、。
誰かに話しても
死ぬ運命は何も変わらないことぐらいは
続きはこちらから
前回の子犬の話の続きです
この犬は初めての室内犬だったのですけど、
そのトイレしつけの完成度は驚くばかりで、
生後まもないというのに成犬も顔負けではないかと
思うほどでした。
けれど、マイナスの点もあり、現在、何とか改善しようと
取り組み始めたところです。
今回はこの犬に驚かされた話です。
続きは私の次のサイトで、 new field.ca
我が家に来た子犬の話なのです。この犬は非常に怖がりの犬ですが、
驚いたのは、そのトイレのしつけのすばらしさでした。
子犬を飼い始めの頃の苦労の一つはトイレのしつけだと思うのですけど、
この子犬は驚く程、それをほぼ完ぺきにこなしたのです。
けれど、その裏には子犬にとって、、恐らくは苦い経験があったようです。続きはこちらで、