あの頃は「これDo台」が花形だった | ファイナルデータジャンカー

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2002年秋。データ復元ソフトに出会う。

起動しなくなったPCを一生懸命何とかする同僚達と復活できなくて泣いてた同僚達の姿を見てきた私は、なんて画期的なものが!と驚く。

アルバイトでもぐりこんだITコンサルタント会社で、「シスアドを取りなさい」と言われた。

新入社員全員で、先輩SEやらシステム管理者やらに張り付くように教えてもらい勉強したが、あの教本の分厚さは参った。


技術的な話を学んでいるうちは、16、32、64、128、256(ニゴロと読んで専門家気分)と全然気にならなったのに(ウソ、計算の仕方は理解しても身につきませんでした)、最後の総務的な管理部分の章になったらネジが飛んでしまった。


やーめーてー、総務嫌いなのー。

パソコンの話だけしてええええええ。


と言う気分だったために、案の定受験は手も足も出なくて失敗。

そのまま無資格の正社員と相成った。


あの頃から今まで、自分の周りにはパソコンが起動しなくなって泣く人ってほとんどいなかったように思う。

それなのに、社内ヘルプデスクで派遣されていた部署には、企業中からどんどこPCを持ち込んできた。


あの時の復元と復旧は、単なる「コピー」。

コピれなかったらアウトって時代。

「これDo台」を初めて見た。先輩の女の子が超喜んで復旧してた。


あの時代、SEだってファイナルデータを知らなかった。

でも、話を聞くともうその頃からファイナルデータはバージョン1.0が売られていたらしい。

Windows95用とNT系(ちょうど2000が企業に導入され始めた頃)とに分かれてて、あの頃はどちらのファイナルデータもPCハード界のユダヤと言えるNECのPCも救済できたらしい。


NECは今、仕方なしにPC/AT互換機に方向転換してるけど、いまだに世界の(いや日本限定かな)片隅で、大事にPC98を使っているユーザがマイノリティの悲しみにくれていることだろう。


だって、PC98用のファイナルデータって、バージョン1.0で終わってしまったんだもの。

だからファイナルデータのバージョン1.0は、実際のお店ではもう手に入らないけど、オンラインショップの片隅で、PC98ユーザを慰めるためにまだひっそり売られているらしい。



今日はこのくらいにしといてやるか。忙しいから