今日テレビ番組で、女子テニス世界チャンピオンである、マリア・シャラポアの特集をやっているのを目にしました。
シャラポアといえば抜群のスタイルと、美しいルックスを持ちながらも、テニスの実力は世界レベルという、なんとも完璧な女性です。
現在はモデル業から、CMの以来なども多数受け、年収が29億円とのこと。
そんな彼女が、こないだの世界大会で優勝したとかなんとかで、特集されてました。
シャラポアはチェルノブイリ原発事故が起きたとき、まだ母親のお腹にいたらしく、そしてすぐしてロシアのシベリアで生まれた。
あの世界最大級の原発事故の中、シャラポアは生まれてきたわけです。
しかし、このチェルノブイリ原発事故があったことにより、シャラポアはテニスプレイヤーになることができたのである。
なんでも、シャラポアの家庭はとても貧しく、父親のユーリ・シャラポアはチェルノブイリの放射能汚染を心配したため、当時あった仕事や家を捨てて、住んでいた町から3000km離れたシベリアに移住することに決める。
お腹の中のシャラポアのためを想って。
その当時父ユーリは、油田での肉体労働の仕事をしていた。
寒い極寒の地域であるシベリアの冬は、皮膚が裂けてしまうほどの寒さだそうです。
そんな父のユーリの趣味は、テニスであった。
もちろん、テニスラケットは一つしか持っていなかったため、一人でやっていたらしいです。
その、父の姿を見ていた娘のマリアは、テニスにあこがれ、父からラケットを譲り受け、ひたすら練習をし続けた。
コーチなどはおらず、父と二人で頑張ったのである。
練習を積み重ねていくうちに、マリアの実力はぐんぐん伸びていった。
そんな娘の姿を見た父ユーリは、シャラポアをプロのテニスプレイヤーにすることを決意する。
たまたま、地元で行われていたテニスの講習会に、世界最強の女性テニスプレイヤーである、ナブラチロア選手が来ており、父は真っ先に娘のマリアの実力を見てもらったのである。
なんとシャラポアは、ナブラチロアの放つ球をことごとく、ラインぎりぎりのエリアに打ち込むことができたらしい。
とてつもないコントロール性と、才能ですね。
彼女の才能を瞬時に見抜いたナブラチロアは、アメリカにある世界的有名なスポーツ選手育成学校に行くことを進める。
父のユーリもマリアに才能があると踏んだらしく、実家を出てアメリカに行くことを決意するが、なんせ貧乏のため、アメリカに行くお金がなかったんです。
そして、今よりさらに働いて、働いて、働きまくって、も、まだまだ全然足りなかったらしく、仕方がなく自分の両親と妻の両親に借金をして、資金を確保したのである。
しかし、それでも三人分のお金を貯めることができず、父と娘の二人でアメリカに行くことになった。
ようやく、アメリカについて、養成学校に訪れたところ、当時のシャラポアは七歳で、入学は八歳からとなっており、なんとその場での入学はできなかったそうです。
しかも、アメリカに行くことでお金を使ってしまったユーアのもとには七万円しかなく、入学金や諸経費を含めて、その学校に入るには五百万円必要という現実を知り、父は身を粉にして、さらに必死で働いたのです。
マリアのお父さんの根性と必死さは、本当に関心します。
そして、学校に入れられてあげられなかったユーアは、なけなしのお金を使ってマリアにコーチをつけたのだ。
そして二年の月日が経ち、9歳になったマリアは、再び養成学校の入学を受けに行くことに。
この時期での入学は、かなり珍しく、マリアは入学するのに実技面接を受けたらしいです。
そして、マリアの才能に感動した学校の先生は、入学を許可し年間300万円の奨学金を出したのである。
学校に入ってからマリアの力は爆発的に伸びていき、あっという間に小大会を優勝するところまで上り詰め、なんとウィンブルドンまで進出した。。
当時無名のマリアは、誰からも認知されていなかったが、優勝候補である選手たちを片っ端から倒していくことにより、ベスト8に入る。
そして、最終決勝で当時世界最強の座に君臨していた、セリーナ・ウィリアムズと戦い、なんとストレート勝ちを決めたのである。
父の長年の苦労がようやくが報われ、マリア・シャラポアはあまりの嬉しさに試合が終わった後、観客席にいる父親に抱き付いて泣いてしまったのだ。
父親に人前では泣いていけないと教えられてきたが、この時ばかりは泣いた。
これから、マリアは試合に勝ち進んでいき、いつしか女王とまで呼ばれるようになる。
と、まあ、こんな感じの話でした。
本当に感動しましたね~
マリア・シャラポアに感動したというより、父親の苦労に同情してしまった(w_-;
テニス選手としてのシャラポアのイメージが、相当変わりましたね。
苦労して掴み取った栄光というものは、金をいくら出しても買えないもの。
そんなところを学びました。
大人になっていっても、こういう想いを忘れずに、自分も精進していこうと思った。
そんな、一日でしたφ(.. )





















































