オクトーバーフェスタへ
どしゃ降りの中、テントの下はお客さんであふれかえり大にぎわいだった。
雨でもすごい集客力だ。
自分の活動を応援してくださっているタカラ食品さんがお店を出店されている。
今回もおいしいソーセージをたくさんごちそうしていただいた。
二次会は、桜新町の松永先輩の隠れ家へ。

ここで、今後の自分の活動の作戦会議を。
今、平行しておこなってきている自分の活動は、大きく分けると、東京、福岡、海外と3つある。
この日は、東京での活動の展開に関してをみんなで話し合った。
いつもお世話になっている財部先輩がいろいろなナイスアイディアを出してくださり、かなり士気が高まった。
物事は見方を変えると全く別の物になることもあるものだ。
そうした味付けは自分の経験ではできないので、こうした先輩が応援してくださることは非常にありがたいことだ。
またいろいろ決まったらご報告しますね!
ゴージャスなユリ

つぼみがたくさんあるので、満開になるのが楽しみだ。
バラも今年はたくさん咲いている。中には昼と夜でちょっと違う顔を見せるバラも。
珍しいね。
沖縄で買ってきた青パパイヤの種。

まいてみたら、たくさん発芽した。
青パパイヤは身体にすごくいいみたいなので、果実が出来たら毎日食べたい。
沖縄には身体にいい食べ物やお茶がたくさんあった。
またそれとは別件で、世の中に非常に役立ちそうなものの開発情報を入手したので、近々再び沖縄を訪れてみたい。
懐かしさに浸ってきた
福岡2日目。
大学5年生の時に、先輩から紹介を受けて1年間非常勤講師として勤めさせていただいた学習塾を訪れるため、電車を乗り継ぎ、和白という町へ。
あった!ありました。
自分がいた22年前と全然変わってなくて、なんかうれしい!
自分は、21歳から家庭教師とか塾講師とか予備校講師とか、いろんな依頼を受けて最後は歯科医師になってまでもなおお願いされ32歳までしたから、なにげに12年間の経験がある。
12年間、たくさんの人と出会い、悲しみも喜びも分かち合ってきたけど、1年しか勤務しなかったその塾にあえてうかがおうと思ったのは、それだけ思い入れが深かったから。
先生にお電話したら、すぐに車で駆けつけてくれ、22年ぶりの再会。
懐かしい教室に通していただき、いろんなお話を。
やはり33年ここで教鞭をとられてきたかたのお言葉には深みがあり、自分の今の状況に響くお言葉ばかり。
大変勉強になりました。
なかでも、「アドリブは重要だ!」と投げかけられた事にはいろんな意味がうかがえる。
現代、与えられたことのみをこなし、少しでも変化が起きると、「想定外」と、行き場を失ってしまっている今のご時世。
本当に、その場その場で頭で考えながら、自分の道を切り拓いていくことが大切なんだと感じさせられた。
あの22年前の、生徒の受験が終わってみんなで打ち上げした時の写真だよ、と、見せてくださった一枚。
う~ん。。。これは。。
自分は一体どういう先生だったのだろうか。。。
この時の子どもたち(当時中3)は、現在もう37歳になっているという。
時は流れたということだ。。。
帰り、先生が近くの駅まで送ってくれた。
時間の流れが止まったような、清らかな気持ちいい風がそよかに吹く駅。
今の時代でも自動券売機がなく、駅員さんにお金を払ってキップを買う。
旅のバッグを背中に担いだ自分は、ホームに上がるその改札で先生とガッチリ握手。
夕日が丘の総理大臣の最終回を思わせるようなそのシーンに、なんか、涙が出そうになってしまった。(今回、去るのは自分だが。。)
やはり、第二の故郷福岡だな。。。
んん~。。。
なんか、心が洗われた。
いい体験させてもらいました。
本当はここから時間までひとりで海に行こうと、海パンとビーチサンダルとタンクトップ持って来てたのだが、時間が無くなり、海行きを断念。
残念。。。
後輩たちが待つお店へと向かう。
この日は、6年生を集めて食事会。自分が27年間かようこのお店で。
この日は、5人の6年生が集まってくれたが、その中から卒業後合流し、大活躍してくれる逸材が誕生することを祈る。
今回も、弾丸ツアーだったが、実りある楽しい福岡滞在だった。
福岡空港でホッと一息つきながら、ソフトクリームを食べる私。
この時は気づかなかったが、ソフトクリームをくるんでる紙が実は航空券で、食べ終わったあと、ソフトクリームを包んでた紙かと思って捨ててしまって、搭乗口で、航空券が無い!!と、おおごとになりました。。。(汗)
福岡へ
土曜日、仕事が終わり福岡へ。
診療が長引いて出るのが遅れた上、羽田に向かう途中結構な渋滞に巻き込まれたため、予約していた飛行機に乗るのを断念せざるを得ないかもしれないと思ったが、あきらめずにカウンターに向けて突っ走った。
飛行機の出発時刻が18時30分で、自分が受付カウンターに着いたのが18時30分。
なのに、「次回からは少し早く来てくださいね」と、チケットが渡された。
ええっ!と、声を上げてしまったが、なんと、使用する到着機の遅れで、出発時刻が20分遅くなり、間に合ってしまった。
自分はこういう想像もしてないことで助かることが多々ある(その逆も多々ありますが。。)ので、何でもあきらめないようにしている。
福岡に無事到着。
しかも航空機が遅れを取り戻すべく飛んでくれたため、定時に到着。
この夜は、年内に福岡でおこなう予定のワクチンファイトの会議を知名先生と。
この日の前夜、都内でNOSAWAさんとミーティングしたことを軸に。
おいしいお料理をごちそうになりながら、話はまとまりました。
九州の皆さん、長らくお待たせしました。
日程まで決まりましたので、会場と正式に契約し次第、発表いたします。
博多どんたく、山笠、ときたら、次はワクチンファイトをお楽しみください。
夢ごこち
ものすごいオーラを発散しておられた。
乾杯の音頭は、猪木会長。

会場全体がものすごく明るくなる。
桜庭さんもごあいさつされていた。
高山さんをはじめ、Uインターの皆さんがステージに集結された時は、鳥肌が立った。

熱狂的なファンだったので。
リンゴを片手で握りつぶすデモンストレーションをおこなったダニーホッジさん。
この右手で、のちほど握手していただきパワーをいただきました。
自分にとって、夢ごこちの2時間でした。
パーティーが終わり、都内某所の猪木会長のもとへお呼びいただく。
学校歯科健診

自分は、市内の中学校と保育所を担当しているので、今日は一日検診三昧。
担当している中学校の方は、一学年3クラス。
ベビーブームだった自分の頃は、教室に机といすをパンパンに入れてひとクラス46人とかで、一学年10クラスとか11クラスとかあったから、昼休みグラウンドに遊びに出ると、土浦にいながらにして渋谷のスクランブル交差点バリ。
生徒が多すぎて、何もかも収拾つかない感じだった。
おまけにみんなトンデモナイ悪ガキだったので、きっと先生たちは大変だったと思う。
悪すぎてもう学校来なくていいから!って校長先生が生徒を平日の昼間にペンキ屋で働かせてたりもしてたけど、今だったら大問題だろうなあ。。
それとは対照的に、今日の子たちはみんな検診の最初と最後に、「お願いします!」「ありがとうございました!」ってすごくお行儀のよい子たちばかりだった。
自分もそこは今でこそ絶対譲れない部分だが、これから大人になる子たちにとってはものすごく大切なことだと思う。
そういうのって、自然に芽生えるものでなく、親とか学校の先生とか部活の先輩から教えてもらって習得するものだと思うけど、教えてもらったことに感謝しないといけないね。
これから人生を歩むのに、大きく分かれる部分になるから。。
ブルーレコード2014.5,6月号
ブルーレコード5,6月号。
今回も自分のコラム『昭和魂~あしたのTAKUYA~』を掲載していただいた。
今回は、先月、ミスター片岡の結婚式に行ったこと、そしてその日、震災の支援活動に行ったことそしてその時の思いを書いた。
タイトル「あの日を思い出した日」
先月、大事な試合の二日前という日であったが、日帰りで広島の福山を訪れてきた。
目的は、ある盟友の結婚披露宴に出席するため。その男の名前はミスター片岡。
話は、東日本大震災の直後にさかのぼる。
当時、自分たちは、被災地へ支援活動に出動する計画を立てていた。自分は、歯科医師軍団を結成して、現地に行きたかったのだが、自分が声をかけた歯科医師たちからは誰からも同意が得られなかった。
理由は、仕事があり行けない、治療できないのだから一歯科医師が今行っても出来ることは無い、等々。
あれだけの事態になっても人って動かないものなんだと、自分は失望した。
何か腰を上げるきっかけがないとダメなのか?それとも、如何に関わらず、行く人は行くし、行かない人は行かないものなのか?
例えば、ポリオワクチンは1本20円。たった20円の寄付をおこなうだけで、ひとりの子どもの命が助かる。直接寄付をしなくてもいい、寄付活動をしている自分たちを応援してくれるだけでも、十分寄付をしたことに値すると自分は思う。
そういう意味でも、一緒に出動は出来ないまでも、何かサポートを名乗り出る声が、医療人の中から多数出て欲しかった。
たしかに当時はオブラートに包まれた情報しか入って来ておらず、よめなかった。事実がねじ曲げられて報道されていて、世の中が混乱していたのは事実である。
しかし、現地をおとずれることなく多くを語るのは、それは違う。
なにも、有事に、医者に武器を持って戦えというような事を言っていたのではない。医療人としてできることの最大限を出して来ようぜと。
当時の被災地で必要とされていたものは、最先端医療でも何でもない。ニッポンが絶体絶命のピンチの中、被災地を思うすべての行動には意義がある。たとえたったひとりの笑顔でも見られることができれば、行く価値があると考えてよかったのではないだろうか。
何も書いていない白紙の契約書に、サインを先に書くような事も、長い人生、時にはある、ということだ。
そうした中、歯科医師こそ自分一人であったが、有志22名が名乗りを上げてチームが結成され、出動が決まった。
最後に、現地までみんなを乗せるマイクロバスを運転してくれる大型のドライバーがいなく困っていた時に、その役割を引き受けてくれ、広島から駆けつけてくれたのがミスター片岡だった。
23番目のメンバーとなったミスター片岡は、広島から自分の車でたった今東京に到着したという状況であったにもかかわらず、すぐにドライバーという任務に付き、宮古までの片道10時間以上という道のりを走破してくれた、ミッションの陰の立役者だ。
“安全走行”をモットーとしていた片岡のおかげで、安心してシートに座っていることはできたのだが、被災地に入るという緊張に加え、たくさんの荷物により足場は無い状態、悪路走行による大きな揺れ、などが原因で車内では一睡もできず。飛行機で言うエコノミー症候群か、全身の筋肉も硬直。しかしそういったことは想定内。被災地の人々の思いに比べればとおってことない。
ところが、現地に着き、 自分たちの目に飛びこんできたものは、自分たちが考えていたような甘いものではなかった。
関東で、何々の自粛だとか、何々の買い占めだとかが起きていた状況が恥ずかしい。
自分たちは、2か所の避難所を訪れ、各々のできる最大限をしてきた。
あの日は日曜日だった。
もし自宅にいたら、ただ漠然とした休日を過ごしていたことだろう。
あの日、あの場所を訪れ、たくさんの事に気づかされ自分自身も大変勉強になった。以後の自分の生き方や考え方にも大きく影響することは間違いない。
テレビで見た破壊された町、そのままの世界がたしかにそこにあった。しかし、その中に、町の再建を感じる足音を聞き、前向きに元気に生き抜く人 々を見た。それは、究極の百聞は一見にしかずだった。
あの日の出動で、自分は神様から二つの宝物をいただいた。
ひとつは、あの澄んだ空気、きれいな海と山、素晴らしい人、を持つ宮古という町を故郷のように思える気持ち。
そしてもうひとつは、それぞれが大変な中、快く一緒に出動してくれた同志や、出動直前に支給用歯ブラシや、Tシャツ、ワッペンを送ってくれた仲間。
披露宴で片岡を見つめていたら、あの日のことが次から次へとあふれ出るように思い出され、涙が止まらなくなった。
披露宴を感動して泣いている人たちに混じって、自分だけ違う種類の涙を流していたのは、失礼。。。(笑)
おめでとう、ミスター片岡、末永くお幸せに。
そして、もし、また、何か日本の一大事が起きた時は一緒に出動しよう!
その時も頼んだぞ!
ブルーレコード米田編集長のフェイスブックはこちら
http://www.facebook.com/bluerecord.fan
寄り道で元気になった
日曜日は早朝から大井町のゴールドジムへ。
瞬発力を鍛えるため、リフティング各種の神経伝達系のトレーニングを積んでいるが、極端にヘビーなものでなければだいぶいい感じのスピードで頭上までバシバシもっていけるようになってきた。
なんでこれがキック等のスピードに反映されてくるかは、自分は専門ではないので詳しくわからないが、実感できるくらいアップできる。
しかし床にあるものを頭上まで瞬時にもっていく仕事量が仕事量だけに、30分もやると脚がものすごく効いてしまって、動けなくなってくる。
この日は、疲れがたまっていたのか、早々と動かなくなった。
なので、以後の、スクワット、デッドリフト、ベンチプレス、腹筋、首は、火だるまに。。。
デッドリフトの時についに爆弾が爆発し、臀部から太ももにかけての筋肉がケイレンし、中止。
しかしそこでは止まらない。ほとんど魂の抜けた人間のような状態だったが、以後を精神力のみでなんとかこなす。
なんか、この日は全然ダメだった。。。
レベルアップして挫折して悔しい思いして、また少しレベルアップして挫折悔しい思いして、の繰り返し。
まあでもそれが人生の縮図なのかもしれないな。。。
意識を吹き返してから、夜に、浦安のお寿司屋さんに。
カウンターで隣に座られていた元親方をされていたかたと意気投合。
若いのにいろいろやっててすごいねえ、26か27歳でしょ?
と言われ、口ごもる自分。
実年齢を言ったらビックリされていたが、力道山、豊登のお話、ラテンクウォーターのお話等をたくさんしてくださった。
力士時代の過酷な練習や厳しい生活規律をお聞きして、自分のこの日の昼間の練習くらいで心が折れていてはダメだと、気づかされました。。。
この日、まっすぐ帰っていたら悲壮感が残ってたと思うけど、親方がスッキリ洗い流してくださった。
またこれから頑張らないといけないな!









































