ブルーレコード2014.5,6月号 |     甲斐拓也の “「新」常在戦場 ” ブログ 

ブルーレコード2014.5,6月号

ブルーレコード5,6月号。



今回も自分のコラム『昭和魂~あしたのTAKUYA~』を掲載していただいた。



今回は、先月、ミスター片岡の結婚式に行ったこと、そしてその日、震災の支援活動に行ったことそしてその時の思いを書いた。




タイトル「あの日を思い出した日」



先月、大事な試合の二日前という日であったが、日帰りで広島の福山を訪れてきた。

目的は、ある盟友の結婚披露宴に出席するため。その男の名前はミスター片岡。





話は、東日本大震災の直後にさかのぼる。

当時、自分たちは、被災地へ支援活動に出動する計画を立てていた。自分は、歯科医師軍団を結成して、現地に行きたかったのだが、自分が声をかけた歯科医師たちからは誰からも同意が得られなかった。

理由は、仕事があり行けない、治療できないのだから一歯科医師が今行っても出来ることは無い、等々。



あれだけの事態になっても人って動かないものなんだと、自分は失望した。

何か腰を上げるきっかけがないとダメなのか?それとも、如何に関わらず、行く人は行くし、行かない人は行かないものなのか?



例えば、ポリオワクチンは1本20円。たった20円の寄付をおこなうだけで、ひとりの子どもの命が助かる。直接寄付をしなくてもいい、寄付活動をしている自分たちを応援してくれるだけでも、十分寄付をしたことに値すると自分は思う。



そういう意味でも、一緒に出動は出来ないまでも、何かサポートを名乗り出る声が、医療人の中から多数出て欲しかった。

たしかに当時はオブラートに包まれた情報しか入って来ておらず、よめなかった。事実がねじ曲げられて報道されていて、世の中が混乱していたのは事実である。

しかし、現地をおとずれることなく多くを語るのは、それは違う。



なにも、有事に、医者に武器を持って戦えというような事を言っていたのではない。医療人としてできることの最大限を出して来ようぜと。

当時の被災地で必要とされていたものは、最先端医療でも何でもない。ニッポンが絶体絶命のピンチの中、被災地を思うすべての行動には意義がある。たとえたったひとりの笑顔でも見られることができれば、行く価値があると考えてよかったのではないだろうか。



何も書いていない白紙の契約書に、サインを先に書くような事も、長い人生、時にはある、ということだ。



そうした中、歯科医師こそ自分一人であったが、有志22名が名乗りを上げてチームが結成され、出動が決まった。

最後に、現地までみんなを乗せるマイクロバスを運転してくれる大型のドライバーがいなく困っていた時に、その役割を引き受けてくれ、広島から駆けつけてくれたのがミスター片岡だった。

23番目のメンバーとなったミスター片岡は、広島から自分の車でたった今東京に到着したという状況であったにもかかわらず、すぐにドライバーという任務に付き、宮古までの片道10時間以上という道のりを走破してくれた、ミッションの陰の立役者だ。



“安全走行”をモットーとしていた片岡のおかげで、安心してシートに座っていることはできたのだが、被災地に入るという緊張に加え、たくさんの荷物により足場は無い状態、悪路走行による大きな揺れ、などが原因で車内では一睡もできず。飛行機で言うエコノミー症候群か、全身の筋肉も硬直。しかしそういったことは想定内。被災地の人々の思いに比べればとおってことない。



ところが、現地に着き、 自分たちの目に飛びこんできたものは、自分たちが考えていたような甘いものではなかった。







関東で、何々の自粛だとか、何々の買い占めだとかが起きていた状況が恥ずかしい。

自分たちは、2か所の避難所を訪れ、各々のできる最大限をしてきた。





あの日は日曜日だった。

もし自宅にいたら、ただ漠然とした休日を過ごしていたことだろう。

あの日、あの場所を訪れ、たくさんの事に気づかされ自分自身も大変勉強になった。以後の自分の生き方や考え方にも大きく影響することは間違いない。



テレビで見た破壊された町、そのままの世界がたしかにそこにあった。しかし、その中に、町の再建を感じる足音を聞き、前向きに元気に生き抜く人 々を見た。それは、究極の百聞は一見にしかずだった。



あの日の出動で、自分は神様から二つの宝物をいただいた。

ひとつは、あの澄んだ空気、きれいな海と山、素晴らしい人、を持つ宮古という町を故郷のように思える気持ち。

そしてもうひとつは、それぞれが大変な中、快く一緒に出動してくれた同志や、出動直前に支給用歯ブラシや、Tシャツ、ワッペンを送ってくれた仲間。





披露宴で片岡を見つめていたら、あの日のことが次から次へとあふれ出るように思い出され、涙が止まらなくなった。

披露宴を感動して泣いている人たちに混じって、自分だけ違う種類の涙を流していたのは、失礼。。。(笑)



おめでとう、ミスター片岡、末永くお幸せに。





そして、もし、また、何か日本の一大事が起きた時は一緒に出動しよう!

その時も頼んだぞ!







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