
神鳳苗翠花/神鳳苗翠琴
英題:Kung fu Mistress
製作:1994年
●『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ/天地黎明』のヒットによって多くの亜流作品が作り出された。本作もそのひとつで…と、三度目の紹介になりますが、今回はちょっと毛色の違う作品の紹介です。
90年代の香港では古装片(時代劇)ブームが巻き起こっていた。その渦中にいた李連杰も黄飛鴻を演じ続けたが、李連杰以外に黄飛鴻に扮した者も多くいた。そして、この映画の余波によって方世玉や洪熙官といった南派少林伝説の英雄たちも引っ張りだこになり、現代に多くの英雄たちが蘇える事となった。
今回紹介するこの映画で扱われているのは"苗翠花"という女性。名前だけではパッとしないが、あの少林英雄・方世玉の母といえば思いだす方も多いだろう。李連杰の『レジェンド・オブ・フラッシュファイター』シリーズで蕭芳芳(ジョセフィーヌ・シャオ)が演じていたハッスルママさんこそが、この"苗翠花"なのだ。
本作で"苗翠花"を演じているのは劉家良(ラウ・カーリョン)によって見い出されたレディ・ドラゴン惠英紅(ベティ・ウェイ)なのだが、何とあの『大酔侠』で"武侠影后"と呼ばれた鄭佩佩(チェン・ペイペイ)も呂四娘役で出演しているのだ。惠英紅と鄭佩佩の共演とは、何という豪華な取り合わせだろうか!
物語は雍正帝を鄭佩佩が討つところから始まり、雍正帝の空飛ぶギロチンに片腕を失いながらも打倒した鄭佩佩は、その後苗家の使用人としてひっそりと暮らしていた。苗家では念願の男児が生まれるが、同じ時期に生まれた女児は鄭佩佩が預かる事となった(ちなみに苗家の当主を演じているのは『猿拳』で元彪をボコった賭博場の主の人)。
…と、ここまではなかなか面白そうだが、これ以降物語はコメディと化し、あまり派手な話ではなくなってしまう。使用人の娘という事で兄に虐げられる事もあったが、鄭佩佩に武術の訓練を受けながら育った女の子は惠英紅へと育った。そんな惠英紅ももう年頃ということでお見合い…となったのだが、相手がデブ男ということで惠英紅も嫌々だ。そこで仲の良かった侍女の手引きで家から脱出し、涙ながらに別れを告げる惠英紅であった。
その後、惠英紅は広東に流れ着き、金目当てに役人試験の武術大会で優勝する。ここからは役人となった惠英紅と上司の麥徳羅(元ショウブラスターで『少林秘棍房』などに出演)との話になる。メルビン・ウォンが何故か王子様だったり、ドラゴン・キッカー(偽)で活躍したりするが、特に大きな見せ場も無く、惠英紅と麥徳羅がラブラブになって本作は終了する。
英語タイトルが『Kung fu Mistress』。加えて鄭佩佩の出演、扱っている題材が苗翠花ということもあり、当初はバリバリの古装片アクションを期待したが、ほのぼのコメディになってしまったのは残念だ。そのうえアクションは少なく、待望の惠英紅VS鄭佩佩もあるにはあったが、スローモーション多様で手合わせの時間もほんの数瞬でまったく迫力も無い。
それもそのはず、どうやら本作は電視劇のようなのだ。そもそも画質が映画のものではないため、恐らくこの作品はTVスペシャルかTV映画として製作されたものをパッケージ化したのではないかと思われる。いずれにしろ、古装片ブームの風潮に乗って苗翠花を取り上げたのはいいが、題材が題材だけにもう少しアクションが欲しかったところである。
そんな本作での救いは、惠英紅のハツラツとした魅力にある。製作当時の段階で女の子役はちょっと無理があったかもしれないが(爆)、本作の惠英紅は可愛らしく振る舞い、劇中でもクルクルと変わる佇まいには、どことなく『長輩』などを髣髴とさせる。功夫映画ファンは要注意、惠英紅ファンは要チェックの作品といったところだろうか(笑

「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ/天地激震」
黄飛鴻系列之一代師/黄飛鴻系列之一代宗師
Martial Arts Master Wong Fei Hung
Great Hero From China
1992
●『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ/天地黎明』のヒットによって多くの亜流作品が作り出された。本作もそのひとつで…というのは前にもやったが、こちらは模倣に徹した『天地発狂』とは違い、それなりにストーリーを作っている…が、やはりこれも良い出来ではない。
放蕩息子の黄飛鴻は暴れまわる日々を送り、体の弱い父・黄麒英は心配ばかり。だが、黄麒英にはもうひとつ気がかりな事があった。それは以前破門した日本人・柳生十兵衛(京都十兵衛)が復讐に来るかもしれないという事だった。結局父は死に、黄飛鴻は寶芝林を背負って立つ事になる。その事に不満を持っていた兄弟子は黄飛鴻の実力を測るため夜襲を決行。その結果、黄飛鴻の腕前を認めた兄弟子は寶芝林を出て行くのだった。
しかし一方で、巷では政府公認のアヘン館が建ち、中毒者が激増する。そして時を同じくして、あの柳生十兵衛が寶芝林に現れ、黄麒英の慰問に一時訪れた兄弟子を殺害し去っていった。そして黄飛鴻と知り合った柳生十兵衛の妹…交錯する2つの物語が本作の肝である。
さて、本作で黄飛鴻に扮したのは錢嘉樂(チン・カーロッ)。そして強敵・柳生十兵衛を演じるのは林正英(ラム・チェンイン)と、洪家班寄りの面子が顔を連ねている。功夫アクションのほうは鐵傘功やアヘンと西洋人など、どことなく『ワンチャイ』作品に倣ったものもあるが、基本は激しいワイヤーアクションが主体となっている。この2人ならばちゃんと地に足をつけたアクションが見たかった気がするが、まぁそれなりに水準は保っているので悪くはない。
しかし、日本人の武士と黄飛鴻による『破れ!唐人剣』的な闘い、報われぬ林正英の妹と錢嘉樂の恋の行方、西洋人と結託してアヘンを蔓延させようとする政府高官のバカ息子と、よからぬ企みを抱くその父…このように面白くなる要素は満載だったのに、本作ではこれらのおいしい素材が生かしきれていないのだ(特にアヘン絡みの問題は、諸悪の根源である西洋人が健在だったりと、解決しないまま終わっている)。個人的には林正英の妹がツボだったのだが、それだけに残念である。
そして本作については問題がもう1つある。正確にはこの作品に対してではなく、発売元のJVDに対しての事だ。日本で発売されたJVD版を見た人は、全編に渡って奇妙なアングルで撮影されている事にお気づきだと思う。人物がアップになると口元が隠れたり、アクションシーンでも全体が見えていないなど、おかしなところが多々ある。
今までにも各所で取り沙汰された問題であるが、これは二段字幕が見えないようにトリミングされたのではないかと言われている。二段字幕とは海外の作品を見慣れた人ならお馴染みだが、漢文と英文による二段の字幕のこと。口元が見えなかったりしたのは、その字幕を隠すためで、一見普通のシネスコサイズに見えるが、実はかなりトリミングされた状態で発売されているのではないか…という事である。
こんな乱暴なカットが事実だとしても、海外の粗悪なメーカーならいざしらず、日本のちゃんとした会社でこんな事をするなんてちょっと信じられません。JVDの真偽はともかく、最後まで設定を生かしきれなかった優柔不断な作品。やっぱり便乗作品は便乗作品…ですねぇ。

「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ/天地発狂」
原題:黄飛鴻之男兒當報國
英題:Fist From Shaolin
製作:1993年
●『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ/天地黎明』の大ヒットにより、黄飛鴻を扱った数多くの亜流作品が作られました。本作もそのひとつですが、こちらは香港と中国の合作によって作られているため、香港映画でお馴染みのキャストは殆どいません。
しかし、中国側から李連杰(リー・リンチェイ)にゆかりのあるスタッフ&キャストが集結し、よくよく見ると豪華な布陣が揃っています。監督には『少林寺』の張[金金金]炎が、黄飛鴻と戦う敵役で『天地黎明』の邸建國と、『方世玉』の計春華も顔を見せていました。
ただし問題なのはその内容で、全編に渡って『天地黎明』の模倣に徹しているのです。ストーリーは十三嬢を迎えに行った黄飛鴻がトラブルに巻き込まれるという、まったくもって独自性のない展開が続きます。
黄飛鴻役の王群(ウォン・クァン)や四大弟子、十三嬢のキャラは本家シリーズそのまんま。邸建國に至ってはアメリカに労働者を売り飛ばそうとしたり、サトウキビをかじったりと確信犯的に『天地黎明』とキャラが似せてありました。
その他にも語り草となっていますが、冒頭では『少林寺』から李連杰の映像が思いっきりインサートされ、その後に流れるオープニングも『天地黎明』そっくりという始末。亜流作品に模倣的な要素は付き物ですが、本作は特にあざとく作られていると言えるでしょう。
功夫アクションについては悪くないものの、こちらでも傘や獅子舞や梯子を使ったファイトが展開され、これでもか!と言うほど“似せた”アクションが炸裂しています。ここはヘタに傾倒せず、オリジナルのアクションを構築してくれればなぁ…。
出来は悪くないし、アクションもそこそこ。しかし行き過ぎた模倣が大きな足かせとなり、バッタもんに等しい代物となってしまったのは残念でなりません。重複しますが、もう少しオリジナリティを大切にして欲しかったですね(苦笑

大惡客/上海灘
The Big Rascal/Dragon Force/Death For Death
1979
●さて、いきなりですが問題です。ジャッキー・サモハン・ユンピョウの3人は勿論のこと、李小龍や李連杰や楊斯や王龍威や黄正利、果ては大細眼や劉忠良や石天さんまでもが経験している役職とは何でしょう?
答えはズバリ、"監督業"です。
香港映画では意外な人の主演作があると『借刀殺人』のレビューで触れましたが、それ以上に監督業に乗り出している人の数が多いのもまた香港映画の妙味とも言えるでしょう。
今回取り上げる作品は戚冠軍(チー・クワンチュン)の監督・主演作です。もともとショウブラのスターにも監督経験のある人は多く(姜大衛、狄龍、陳觀泰、傅聲、五毒メンバーに至るまで監督経験はあります)、この戚冠軍がそういった作品を制作するのもまた必然でありました。本作の制作は冠軍影業という会社ですが、名前からして戚冠軍が設立した会社である可能性が高いです(冠軍影業は日本でテレビ放映もされた、同じく戚冠軍主演作の『秘竜カンフー』も製作している)。
さて、監督・戚冠軍の仕事っぷりなんですが、序盤は戚冠軍とその弟分・張泰倫が横暴を働く雇い主・盧迪の会社と対立していく様を描き、前半は「戚冠軍と張泰倫との修行風景→戚冠軍が何やら頭の中で呟く→町に繰り出す→物議を醸す雇い主の告知」の繰り返しで話が進むのですが、ハッキリ言ってかったるいです。
中盤からは戚冠軍たちは生活が苦しくなり(?)雇い主に新たな仕事を頼みに行き、戚冠軍は賭場の用心棒、張泰倫は小間使いとなる。戚冠軍は雇い主とは浅からぬ因縁のある金剛(カム・カン)一味の六戈を撃退したおかげで出世して部下を従える身分となり、張泰倫は亡き母の墓前で演舞をする雇い主の娘・李登財と出会ったりと、またしばらくダラッとした話が続きます。
後半からは金剛一味との全面対決となり、彭剛や六戈や馬金谷らと闘うことになる。こちらもまたダラダラと続くだけで見せ場も無く、金剛の手下を撃破してきた功績か、いつの間にやら戚冠軍がかなりの身分になっていたりします。なにやら盧迪が悪巧みをしている様子が出てきたりと一行に話は動きません。そのうち張泰倫と李登財の結婚式になる(ここまで2人は何度か会っているが、恋愛関係に発展するまでの描写は無いぞ…??)のですが、突如金剛の一団が襲撃に現れ、戚冠軍と李登財を残してメインキャラが全員ブチ殺されてしまいます(!)。
完全にストーリーがメチャクチャになっていますが物語はクライマックスを向かえ、最後は李登財が金剛を倒すものの死んでしまい、戚冠軍が最後の一人と共倒れして劇終なんですが…ごらんの通りこの映画、支離滅裂もいいところで、作品の色もまとまっておらず、見せ場といえるような場面は1つも無く、キャラクター描写も曖昧だったりと、かなりヒドいものになっています。
まぁストーリーがグダグダというのは功夫映画で珍しいことではないんですが、さすがにこれはちょっと雑過ぎました(苦笑)。功夫アクションは戚冠軍を始めとして李登財なども頑張ってはいるものの、最後の対決以外に面白いところは無く、全体的に地味な仕上がりとなっていました。
香港映画では監督主演を兼ねる事が良くあるとは先述の通りでして、その場合は監督主演した人による"オレ様映画"になる危険性がかなり高いです。しかし本作の戚冠軍はかなり控え目で、彼の人柄が偲ばれて非常に興味深い…ワケないよ!(爆
ちなみにこの作品について、某サイトで「傅聲主演作『洪拳小子』のリメイクである」と解説がありましたが、ご覧の通り似ても似つかぬ別物でありますので、ご注意をば。

「ミラクルカンフー・阿修羅」
天殘地缺
The Crippled Masters/The Crippled Heaven
1979(1981?)
●功夫映画の多くには主人公がそのハンディキャップを克服して戦うストーリーが多くある。ジミー先生の『片腕ドラゴン』然り、"五毒"の『残酷復讐拳』然り数多くの作品がある。この手の作品は日本でも『座頭市』や『丹下左膳』などがあり、こういった作品はある種の定番ともなっている。
本作はその中でも最たるもので、両腕を失った男と両脚が使えなくなった男が協力して、せむしにケロイドのボス(李中堅)が率いる悪党たちと戦っていく話である。これだけなら他にもありそうだし、製作年度からして上記の『残酷復讐拳』にインスパイアされているのは明白だが、本作のキモはその主役2人にあり、演者が本物の障害者という点にある(!)。主演は康照明と沈松村という2人で、彼らは本作以外でもいくつか主演作を製作している。
ここらへんはさすが香港映画といった感じのムチャな作品だが、本作で一番凄いのはこの2人。それぞれ残された脚と手を使ったアクションは見事なものがあり、ダブル主演を果たしている男(陳木川?)さえ霞むほどのインパクトを残している。
その一方でストーリーは薄い作りになっており、前半は腕を失った沈松村が蔑まれたり河に落ちたり悪党に嬲られたりといった描写が嫌というほど続く。その後、彼は流れ着いた町で優しき人々に介抱され、続いてもう1人の主人公である康照明(かつての李中堅の仲間で、沈松村の腕を切った男)が脚に薬を垂らされて歩けなくなってしまう。
そして2人の男が出会い、沈松村は康照明を復讐がてらにボコボコにする。その時、2人を止めたのは体のメチャクチャ柔らかい老人で、彼は2人に「残された部分を鍛え、悪に立ち向かうのじゃ!」と修行を施すのだった。ここまでこの2人のインパクトに依存した展開のため、それほど派手なストーリーにはなっていない。製作側もわかっていたのか、後半からは第3の主役の男が動き出してきて、最後はボスの李中堅を2人が合体拳で打ち倒して幕を閉じるのだった。
内容は彼らの容姿に頼った作りで、作品自体はかなりスカスカではある。だが、誰しも最初は見た時に絶句すること間違いなしの強烈なインパクトを持つ作品。そして何よりも、日本版のキャッチコピーである「やればできる!」を考えた人はかなりのツワモノだと私は思います(爆