
18 Fingers of Death/18 Fingers of Death!
中文題:18索命指
製作:2006年
▼既にこのブログでも何度か取り上げたが、ジェームス・リューという男がいる。武術家であり一流のスタントマンでもある彼は、これまでに多くのマーシャルアーツ映画やアクション映画に関わり、そのたびに様々なスターと共演してきた。
本作はそんなジェームスによる初監督作で、ファイト・コーディネーターや脚本等を担当した意欲作である。私は「きっと、これまで彼が経験してきたスタント人生の全てが注ぎ込まれた入魂の作品なんだろうなぁ」と思いながら見たのだが…先に結論から言ってしまうが、この作品はマーシャルアーツ映画的な期待を抱いて見ると見事に打ち砕かれてしまうので、視聴の際は十分ご注意を。
■ジェームス扮するビューフォード・リー(名前やアクションスタイルは李小龍っぽいが、喋り方はどことなくジャッキー風)は、香港から来た"かつての"功夫映画スター。本作はそのジェームスを追うという内容の擬似ドキュメンタリーで、胡散臭いインタビューを挟みながら『18 Fingers of Death』なる映画を作り上げるまでを描いた作品である。
最初はジェームスのファンや彼の父親(パット・モリタ)の姿を映し、『燃えよカンフー』のバッタもんやセガール(うそ)のスタンドインを演じる模様を撮るなどして一応ドキュメントらしい構成を見せる…が、大物アクションスターへのインタビューから次第に怪しい空気になってくる(笑)。ここでインタビューに答える顔ぶれが傑作で、アクション映画を知っている人なら思わずツッコんでしまいそうになる変名キャラが大挙して登場するのだ。
ジャッキー・チョン(演じるは仇雲波だが、役名や女好きという設定がシャレになってない・笑)、スティーブン・シーフード(セガールの偽物で大食漢)、チャック・ソノリス(モデルはもちろんあの胸毛オヤジ)、ビリー・ブッフ(モデルは某ブートキャンプのあの方)、アントニオ・バンダナ(こちらを演じているのは何とロレンツォ・ラマス!モデルはデスペラードなあの男)…進行役の黒人は、これら多くのアクションスターや関係者からジェームスの話を聞こうとするが、誰もジェームスなんか知らないのでロクなインタビューにはならなかった(苦笑
しかも大手の製作会社から協力を断られ、『18 Fingers of Death』の製作は暗礁に乗り上げてしまう。だがジェームスは諦めず、いくつものプロダクションを渡り歩いた末に「自費制作で映画を作ろう!」と思い立った。手始めに自分の持っているスターのお宝(李小龍が『燃えよドラゴン』の時に掃いていたソックス、ジャッキーが使った鼻毛抜き、ヴァンダムが『タイム・コップ』の時に着用していたビキニパンツ等々)を売り払って資金を作り、役者はオーディションで素人をかき集めた。
アクション指導にドン・"ザ・ドラゴン"・ウィルソンの教えを受け(何故か彼だけ本人役)、遂に本格的に始動した『18 Fingers of Death』の撮影だが…。
▲作品としては業界の内幕的な要素や皮肉の効いたコメディ映画で、出来そのものは非常にヌルい。
私は英語版DVDを見たので細部に渡って作品を理解できた訳ではないが、コメディとしてもセミ・ドキュメンタリーとしても実に中途半端なものに仕上がっている事だけは確か。このジャンルに挑んだジェームスの意欲は買うが、初監督作でコレはちょっと無謀だったんじゃないか?それにしても、まさかこの近代にジェームスとロレンツォ・ラマスのリターンマッチが見られる日が来るとは思わなかったなぁ…(笑
しかし個人的な願望を言ってしまうと、ジェームスが監督するのならマーシャルアーツ映画に徹底して欲しかったのが正直な感想である。考えてみて欲しい。ワンシーンだけのチョイ役とはいえ、本作にはロレンツォ・ラマスやドン・ウィルソンや仇雲波といった連中が集まっている。もしこの作品が真っ当なマーシャルアーツ映画で、彼らが真っ向から激突する映画であったなら、どれほど凄い物が出来ていたであろうか?
変にコメディに走るならその手の映画を見たかったのだが、そう思うと本当に惜しい残念な作品。続編を臭わせる終り方をしていたが、もし作るなら是が非でもマトモなマーシャルアーツ映画にして欲しいところです。

雙龍屠虎
英題:Two Dragons Fight Against Tiger/The Young Kickboxers
製作:1974年(1977年、1975年説あり)
●王冠雄は出稼ぎで砂金取りの仕事をしていたが、仲間同士のケンカの最中に偶然大きな金鉱脈を発見。しかし王冠雄は早く妻の待つ実家に帰りたかったため、報酬を受け取ることなく帰郷した。ところが雇い主の余松照は金を独り占めにせんと企み、工員の張紀平を言いくるめて金を我が物にしてしまい…。一方、地元に帰ってきた王冠雄は、妻が悪徳警察署長の黄飛龍に乱暴されて自害したことを知る。今すぐに黄飛龍を叩きのめしたい王冠雄だったが、妻の姉から「罠を用意してチャンスを待つのよ」と言われ、その案に従い大勢の女たちを連れ立ってどこかへ出発した。
そのころ余松照は護身用の拳銃を入手し、金を高値で売りさばこうと暗躍していたが、その周辺を怪しい男・龍天翔が嗅ぎまわっていた。客棧でまみえた王冠雄と龍天翔は戦闘(龍天翔が警官の変装をしていたため、王冠雄が敵だと勘違い)となり、その間に余松照は王冠雄の連れていた女たちを人質に逃走を図る。だが、隙を突いて女たちは逃げ出し、追ってきた王冠雄によって余松照の野望は潰えたのだった。ところが、今度は龍天翔が王冠雄を当て身で昏倒させ、打倒・黄飛龍に手を貸すという。謎多き龍天翔の動向に疑念を抱いた王冠雄は再び龍天翔と衝突するが、あくまで龍天翔は自身の秘密を明かそうとはしなかった。
こうして始まった黄飛龍暗殺作戦。まずは先の客棧を貸し切り、王冠雄の妻の姉が「新しい店がオープンしたので皆さんで来てほしいわ♪」とアプローチ。女好きである黄飛龍の油断を誘うために連れてきた女たちを従業員として宛がい、宴の最中に他の警官たちの銃から信管を引き抜いて使用不能にさせると、ザコを一掃して黄飛龍だけを残した。あとは奴を倒すだけなのだが、思ったよりも黄飛龍が手強くて龍天翔ひとりでは苦戦を強いられてしまう。「みんなだけ龍天翔の秘密を知っててずるいぞ」とふてくされていた王冠雄(笑)だったが、土壇場でその正体を知るや否や、最後の対決に推参する!
いまいち細部が不明だが中々の佳作だ。デビュー間もない頃の王冠雄と龍天翔が主演を飾っている事が特徴で、独自性のあるストーリーは意外と引きこまれるものがある。武術指導は誰なのか不明だが、呉思遠タッチの功夫アクションは一見の価値ありで、余松照や黄飛龍がこんなにいい動きを見せているのもまた珍しい。ただし「話がもっと解っていれば…」という部分もあるので、理解できていればもっと楽しめたはずだ(龍天翔の正体と最後のオチが何だったのかが、ちょっとよくわかんなかったなぁ)。
ところで、本作はこれとは別にもうひとつ妙な点がある。というのも、これは後から手が加えられたようだが(発売元のTAI SENGの差し金か?)たまに功夫アクションで早回しがキツくなる時があるのだ。時には常軌を逸した速度になるシーンもあり、どうしてオリジナルのスピードのままにしてくれなかったのか甚だ疑問である。

Ninja vs Bruce Lee
製作:1977年
※本作はニコイチ映画の『Ninja vs Bruce Lee』であって、『忠烈精武門』ではありません。データベースサイトなどでは『忠烈精武門』=『Ninja vs Bruce Lee』とされており、このレビューを書いた時点では私も同一の作品と思っていましたが、あくまで別の作品です。私は文中で本作を『忠烈精武門』だと思いこんだまま書いているので、色々とおかしな点があります。そのへんはどうかご了承下さい…。
▼久しぶりに呂小龍(ブルース・リ)主演のバッタもん李小龍作品を紹介するが、色々と妙な雰囲気の映画だ。
まずタイトルは『忠烈精武門』となっているが、本作は功夫片でも古装片でもない現代劇で、もちろん精武門なんか出てこない。モノ自体は韓国製(HKMDBによると製作国はフィリピン)となっており、その胡散臭さは『Bruce's Fist of Vengeance』とタメを張るほどだ。しかし、この違和感は視聴を進めていくことで自ずと氷解していく事になるのだが…(後述)。
■とりあえずストーリーを追うとこうなる。
覆面姿の連中と李康助のグループが何かの取引きをしているが、交渉決裂の末に李康助グループは李康助を残して全滅を喫した。どうやら覆面姿の連中は日本の犯罪組織のようで、例によって江島がボスを務めている(ちなみに江島の役名は「松田さん」)。この姿の見えない敵と闘っていくのが秘密捜査官の呂小龍で、中盤からは別の売春組織とも対決していく流れとなり、物語をよりを混迷に陥れていくのだ。
その後、呂小龍の友人役で張力(チャン・リー)が登場。売春組織の用心棒である南宮勳によってあっという間に殺害されるという、いつも通りのかませ犬っぷりをここでも発揮する(笑)。張力を殺されて怒りの鉄拳アチャーな状態になった呂小龍は、売春組織と用心棒の南宮勳(ナン・ゴンクン)を一網打尽に…と、ここで何の伏線も無しにいきなり羅烈(ロー・リェ)が参上!南宮勳ともども日本人役という設定だが、南宮勳が黒いドスの効いた着物だったのに対し、お祭りのハッピみたいな格好の羅烈と落差がありすぎるぞ!(苦笑
という訳で羅烈と組織のボスを潰して売春組織はめでたく壊滅し、江島組織との戦いに戻って江島をぶちのめし物語は幕を閉じるのだった。
▲と、ご覧の通り呂小龍作品らしく支離滅裂な物語だが、呂小龍の顔つきが登場するシーンごとで微妙に違っていることに気付かされる。更に驚いた事に、開始36分ごろに差し掛かったところで『死亡魔塔』のアクションシーンが唐突に挿入されるのだ。劇中の台詞によると「売春組織が仕向けたニンジャの刺客」という事になっているが、呂小龍は『死亡魔塔』時のトラックスーツ姿だし、当然敵もニンジャではない。
どうやら本作は江島ら組織が登場する場面と、売春組織と対決する2つのフッテージによって構築されたニコイチ映画なのである。要するに最初と最後は江島組織フッテージが使用され、中盤に挟み込まれる形で売春組織フッテージが使われた…という事なのだろう。私としては初めて呂小龍のニコイチ映画を見たが、フィルマークの本家ニコイチと比べると良くも悪くも中途半端。功夫アクションは呂小龍自身が指導しているが、全てにおいてインパクト不足で見るべきものは何も無いと言えるだろう。
ところで劇中にニンジャが出てこないのはいいとして、データベースのキャストにいたはずの孟飛(メン・フェイ)はどこに消えたんだよ!?
※答:本作が『忠烈精武門』じゃなくて『Ninja vs Bruce Lee』だからです(爆

「隷嬢剣/くノ一妖刀伝説」
原題:劍奴/劍奴之血契約/劍奴之血[放犬]約([放犬]の正字は「放」の部分が異なります)
英題:Slave of the Sword
製作:1993年
▼再び香港三級片のレビューだが、今回は『獣』よりもサプライズに満ちた作品だ。なにしろ監督と武術指導が、あの朱延平(チュー・イェン・ピン)&林萬掌の『カンフーキッド/好小子』コンビなのである。朱延平がこのような三級片を製作していた事や、その作品が日本に上陸している事実にも驚きだが、当時の朱延平は同年に武侠片の『フライング・バトル』を、その翌年にはキッズ向けの『ビビアン・スーの恋しくて…(笑林小子)』を撮っている。いくら香港映画がフリーダムとはいえ、このジャンルを飛び越えたムチャぶりは度を越えていると言っても良いはずだ(笑
■本作は明朝末期を舞台にした武侠片だが、ストーリー自体は支離滅裂で『ドラゴン特攻隊』『炎の大捜査線』等の朱延平作品を髣髴とさせる。謎の刺客に襲われ、父の陳慧樓や親類を殺害された陳寶蓮(チェン・ボーリン)は、謎の刺客の罠によって遊郭に売り飛ばされてしまった。遊郭の女将・倪淑君は剣客の樓學賢(『精武英雄』で李連杰(ジェット・リー)に倒されて周比利(ビリー・チョウ)にも倒される"芥川さん"と言えば、思い出す方も多いはず)を従えており、裏で暗殺の仕事なども請け負っているらしいが…。
実は倪淑君、かつて陳寶蓮や樓學賢と共に陳慧樓に拾われた過去を持ち、ただ1人だけ可愛がられた陳寶蓮を疎んじて復讐しようと画策していた。しかし倪淑君は陳寶蓮に乗り換えた樓學賢の刃に貫かれ、そして樓學賢も陳寶蓮の毒酒で…??実は、陳寶蓮は倪淑君と樓學賢を始末するため、暗殺組織のボスによって送りこまれた刺客であったのだ(陳寶蓮を陥れたのも計略の内)。ところが話は二転三転、更に想像を絶する結末が待っていた…。
▲武侠片という体裁を取っているだけあって『獣』よりは見ていられたものの、映画としては『獣』よりもトンデモない作品である(苦笑)。功夫アクションはこの当時のワイヤー古装片にありがちなクルクル舞ってキンキン斬りあうだけの殺陣だが、林萬掌が一枚噛んでいるため見栄えについては申し分ない。特に『精武英雄』ではいいとこなしだった樓學賢が、本作では堂々と剣戟アクションで舞っている姿も興味深く、暗殺組織のボスにあの莫少聰(マックス・モク)が扮しているのも大きなポイントだろう。
しかし本作は途中まで普通の物語だったものが、クライマックスに突入した途端に酷過ぎる超展開へと突入してしまうのだ。どんでん返しといえば古龍原作の武侠片などでお馴染みの展開だが、本作におけるどんでん返しはあまりにも救い様が無く、そのアングラさは『獣』以上と言ってもいいかもしれない。『獣』の時もそうだったが、三級片というものは登場人物全員が外道で、最後は皆殺しで終幕するという決まりでもあるのだろうか?
個人的にはこれまで見た朱延平作品の中ではダントツでワースト。エンドテロップで5度も高笑いを繰り返す莫少聰の姿が作品の崩壊具合を現しているようで、何ともいえない嫌な気分にさせてくれます。…ところで、くノ一なんてどこにも出てなかったぞ!?

「スウィーパーズ」
原題:SWEEPERS
製作:1998年
●前回・前々回とエロエロでアングラな作品を取りあげてしまったので、今回は無難な作品をひとつ。『ジルリップス』に続いてのドルフ・ラングレン主演作である。今の所、彼の作品で良作にめぐり合うことは中々なかったのだが、本作は佳作に入る類の作品だ。
ドルフはアンゴラで地雷除去を行っていたが、あるとき作業中に息子が地雷原で地雷を踏み、不幸にもドルフの目前で死んでしまう。それから数年後、ドルフは息子の死というアクシデントに遭遇したことで、仕事から離れて酒びたりの日々を送っていた。そんなアンゴラの地に、かつてアメリカで作られた新型地雷を巡り、クレア・スタンフィールドが地雷除去のために現れた。だが、回収したはずの高性能地雷により仲間の除去スタッフ全員が爆死。難を逃れたクレアは、このまま引き下がるわけにはいかないと地雷の調査を続行し、ドルフの協力を仰いだ。
最初こそは拒否していたドルフだが、多発する地雷の被害に怒りを燃やし、クレアと共に地雷の謎を追い始める。謎の敵に襲われながらも真実に近付いていくドルフとクレアは、やがてダイヤモンド鉱山を牛耳る連中との戦いに発展し、そこで予想だにしなかった真実を知るのだった…。
本作は地雷を主題にした作品で、息子を失ったドルフの苦悩などが描かれている。だが特に頭の固い作品というわけではなく、勧善懲悪なアクション映画としてきちんと成立している。もちろんドルフの格闘アクションもちゃんとあり(序盤の酒場での闘いがちょっと面白い)、地雷を扱った作品だけに派手な爆破シーンが随所に挿入されていた。『ジルリップス』みたいにドラマに凝って変な方向に行ったりせず、ドラマとアクションがちゃんと両立している。ある意味、ドルフ作品の理想系とも言える作品なのだ。
しかし本作で、どうしても解せない点がある。それはクライマックスで繰り広げられる2つのアクションシーンに関してだ。クレアが捕らわれていると知ったドルフは、敵の巣窟であるダイヤモンド鉱山へと突入。非道なヒゲオヤジを始末する。続いて敵のボスが機関車で逃走を図り、ドルフがこれを派手に爆破して本作は幕を閉じる。どちらも迫力ある爆破シーンが展開されているが、両方とも似たようなオチであるためかインパクトが薄く、面白みはあまり感じる事が出来ないのだ。
たぶん本作の監督は、ラストのアクションを鉱山にするか機関車にするかで悩んだに違いない。物語的には鉱山で終わらせてもいいが、監督としてはどうしても機関車のシーンも入れたかったのだろう。そこで無理矢理どちらも詰め込んだ結果、2つのアクションの迫力が相殺される事に…これはあくまでも私の憶測だが、鉱山で全てのケリを付けていたらテンポもよかったと思うし、キリのいいラストになったはず。ここらへんはちょびっと残念です。