血玉
英題:Along Comes a Tiger/Along Come the Tiger
製作:1977年
監督:午馬(ウー・マ)
脚本:韋辛
武術指導:金銘(トミー・リー)
出演:王道(ドン・ウォン)/董[王韋](トン・ワイ)/紀光龍/金銘(トミー・リー)/龍君兒(ロン・ジェンエール)/他
<ルーティン・ワークからの脱却! 傑作カンフー映画を目指せ!>
古来よりカンフー映画とは即物的な存在であり、ストーリーが平凡でも主人公と師匠と悪役を揃え、そこそこのアクションさえあれば成立するジャンルでした。
そのため、ストーリーは二の次・三の次という作品が多くを占め、70~80年代のローバジェットなカンフー映画はありきたりな展開に終始していた向きがあります。
そんな中でアクションだけに集中せず、ストーリーにエモーショナルな味付けをくわえて傑作となったのが『ドラゴン怒りの鉄拳』('72)であり、『ドランクモンキー 酔拳』('78)だったわけです。
今回紹介する作品も、そうしたルーティンからの脱却を目指した作品の1つで、”復讐”というありふれた題材の味変を試みた野心作でもありました。
<悲しきリベンジャーと少年の絆 ひと味違った復讐の物語!>
本作は、父を殺された無口な青年(王道)が、仇である悪党たちの首領(金銘)を討つべく、敵の幹部(高飛・龍君兒・午馬・葛炮)と戦っていくカンフー映画おなじみの内容。
ここに腕が立つ謎めいた青年(董[王韋])や、主人公を慕う少年(紀光龍)を巻き込み、作品にプラスアルファを加えていく…というのが本作のおおまかな粗筋です。
この作品で注目すべきは、復讐をテーマにしながらも徐々にそれを敬遠していくストーリーにあります。
主人公の王道は最初こそ淡々と復讐にいそしみますが、人懐っこい紀光龍と交流していくうちに心をほだされ、同時に敵幹部たちの意外な一面を目の当たりにするのです。
みずからの善悪に悩む龍君兒、「夫だけは見逃して」と己の命を投げうつ葛炮の妻など、その姿は悪党とひとくくりに出来ないものばかり。
紀光龍からも「人殺しはやめて」とせがまれますが、王道は仇敵への憎悪を抑えきれません。果たして彼の決断や如何に? ――と、このようにお膳立ては上々。その後の展開に興味を惹かれます。
また、重複しますが”口が利けない主人公と彼についてまわる少年”という構図は、殺伐とした本作にとって貴重な癒しとなっていました。
ところが非常に勿体ないことに、本作はいくつかのイビツな要素によって、これらの情感あふれるストーリーが霞んでしまう事態を引き起こしています。
<もしも結末が違っていたら… なんとも”惜しい”作品の顛末とは>
まず作中のアクションは悪くないレベルをキープしているのですが、ジュリアナ東京のような龍君兒、多芸すぎて逆に没個性的になってる金銘など、奇抜すぎてムードを損なうバトルが悪目立ちしています。
ストーリーの都合とはいえ、主人公が敵幹部に勝利してもトドメをささない展開(王道が直接手を下せたのは4人中1人だけ)も、人によっては賛否が分かれるところでしょう。
さらに残念なのは、そうまでして復讐を問うた上で迎えるラスト。なんと戦いが終わるや否や、別れのシーンもないまま紀光龍が孤独に去っていく姿で終幕を迎えるのです。
カンフー映画がばっさり終わるのは恒例ですが、もし主人公たちの別離を感動的に描けていたら、もっと素晴らしいラストに仕上がっていたはず。アクションの件も含めて、実に”惜しい”と言わざるを得ません。
ストーリーは凝ってるし、意趣返しの決着(見てのお楽しみ)もサプライズになっていたし、いい作品になれるポテンシャルは確かにあったんですが…やはり傑作への道は一朝一夕にあらず、ということでしょうか。