この1曲が泣けるバンド~ジェイソン・クレスト | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

ジェイソン・クレスト - ティーガーデン・レイン (Philips, 1969)
Jason Crest - Teagarden Lane (Terry Clarke, Terry Dobson) (Philips, 1969) :  

First Appeared by Tenth Planet Records TP006, "Various Artists - Syde Tryps Three", 1993
Also Released by Wooden Hill Records WHCD006, "Collected Works Of Jason Crest", 1998
Reissued by Grapefruit Records CRSEG078D, "A Place In The Sun - The Complete Jason Crest", September 25, 2020
[ Jason Crest ]
Terry Clarke - vocals
Terry Dobson - lead guitar
Derek Smallcombe - rhythm guitar
Moe Lester - bass (replaced by John Selley after third single)
Roger Siggery - drums 

 まるでビートルズがプロコル・ハルム風に「Penny Lane」を改作してみたようなこの哀愁漂う曲は、1969年にアルバム用に向けて録音され、6曲入りのアセテート盤(関係者用デモ~ソノシート・テスト盤)にプレスされるも、公式にリリースされたのは1993年のコンピレーション・アルバム『Syde Tryps Three』が初めてになった楽曲です。ケント州トンブリッジ出身のイギリスのバンド、ジェイソン・クレスト自体が活動中には大メジャー会社フィリップス・レコーズ傘下のマーキュリー・レコーズからシングル5枚を発表するもアルバムを残さなかったバンドで、レコード会社はシングル5枚・10曲からのセレクトにアセテート盤の6曲を加えてアルバムにする予定だったようですが、シングル5枚は1曲もチャート・インしなかったためにアルバム発売もお流れになり、バンドも解散してしまったという幻の存在でした。バンドのソングライターはヴォーカリストのテリー・クラークとギタリストのテリー・ドブソンで、シングル5枚・10曲中ザ・ムーヴのカヴァー「(Here We Go Round) The Lemon Tree」以外はクラークとドブソンの共作です。何の役に立つか疑問ですが、一応ジェイソン・クレストが活動中にリリースした全シングル5枚をリストにしておきます。

[ Jason Crest Single Discography ]
・Turquoise Tandem Cycle c/w Good Life (Philips BF 1633, January 1968) : 

Juliano the Bull c/w Two by the Sea (Philips BF 1650, April 1968) : 

(Here We Go Round) The Lemon Tree (Roy Wood) c/w Patricia's Dream (Philips BF 1687, August 1968) : 

Waterloo Road c/w Education (Philips BF 1752, February 1969) :  

Place in the Sun c/w Black Mass (Philips BF 1809, August 1969) :  

 1968年には1月のデビュー・シングル「Turquoise Tandem Cycle」から4月、8月と順調にリリースされるも、1曲もチャート・インしなかったからか次のシングルは1969年2月、結果的にラスト・シングルになった5枚目の「Place in the Sun」は1969年8月、おそらく「Place in the Sun」と同時期かその後に録音されたのがアルバム用新曲6曲のアセテート盤と思われ、ジェイソン・クレストのフィリップス/マーキュリー録音はシングル5枚・10曲+アセテート盤6曲の16曲がすべてです。1999年のTenth Planet Records盤『Radio Sessions 1968-69』ではBBCラジオ出演のスタジオ・ライヴ音源(ジョン・ピール・セッション)がまとめられ、1968年11月の5曲(サイモン&ガーファンクルの「A Hazy Shade Of Winter」、スピリットの「Fresh Garbage」、ママス&パパスの「California Dreaming」、ストーンズの「Paint It Black」などのカヴァー)、1969年11月の6曲(ビートルズの「Come Together」、スプーキー・トゥースの「Better By You, Better Than Me」などのカヴァー)がリリースされました。2020年の最新リリース『A Place In The Sun - The Complete Jason Crest』はディスク1にフィリップス/マーキュリー音源全曲、ディスク2にBBC=ジョン・ピール・セッション全曲を収めた全録音集で、おそらくこれ以上の発掘音源は出てこないだろうと思われます。
Jason Crest - A Place In The Sun - The Complete Jason Crest (Grapefruit, 2020)

 公式リリースは1993年のTenth Planet盤コンピレーションですが、この曲「Teagarden Lane」はアセテート盤が流出していたからか盤起こしで海賊盤コンピレーションでは比較的早くから出回っており、筆者が聴いたのは『Attack From the Dungeon』というイギリス'60年代サイケデリック・ロックのコンピレーション盤でした。いかにも盤起こしらしく何回もカセットテープ・コピーをくり返したようなモコモコした音質でしたが、A面1曲目にこの曲が収められていて「おおっ!」と思ったものです。バンド名と曲名以外に何のデータや解説も載っていないブート盤で、初期ピンク・フロイドやザ・ムーヴの未発表曲も収められていて有名無名よりどりみどりでしたが、知っている収録バンドのセレクションやサウンド傾向からおおよそ1966年~1970年録音楽曲のコンピレーションなのは推察できました。そこでインターネットもまだ確立されていない当時、輸入盤店や中古盤店、ブリティッシュ・ロックやサイケデリック・ロック、プログレッシヴ・ロックの文献を当たるたびにジェイソン・クレストの名を注意していたのですが、アルバム1枚だけで消えたバンドまで網羅しているような相当詳細な文献でもこのバンドの名はまったく出てきません。それもそのはず、アルバム1枚すら残さずシングル5枚で消えたバンドだったわけですが、それが判明したのは1998年のWooden Hill盤『Collected Works Of Jason Crest』までかかりました。これはフィリップス/マーキュリー音源の集成盤で、「Teagarden Lane」はそもそも発売されなかったアセテート盤収録曲だったとも初めて知りました。従来の海賊盤は本来関係者内だけでデモ音源としてアルバム用に準備された(そして没になった)、流出したアセテート盤からの盤起こしだったわけです。従来の海賊盤のくぐもったような音質もそれでようやく納得いきました。

 最新リリースの全録音集『A Place In The Sun - The Complete Jason Crest』には詳細な解説ブックレットが載っており、1964年に学生バンドから出発し、1967年にロンドンでプロ活動を開始し、1969年末に解散するまでのバンド・ヒストリーを知ることができます。英語版ウィキペディアにも現在ジェイソン・クレストの項目があるのは、この2020年のGrapefruit盤ブックレットの調査を踏まえたものと思われます。ジェイソン・クレストはイギリスのサイケデリック・ロックらしくアメリカのサイケデリック・ロックのようなガレージ・ロック臭はほとんどなく、ビートルズやゾンビーズやザ・フー、初期ピンク・フロイドやザ・ムーヴ、ムーディー・ブルースやプロコル・ハルムからの影響の強い、イギリスならではのポップでカラフルなサイケデリック・ロックでした。この曲「Teagarden Lane」は冒頭に書いた通りに、ビートルズの「Penny Lane」をムーディー・ブルースやプロコル・ハルム風に改作してみたような曲です。「Penny Lane」はポールの曲ですが、ジョンが「Penny Lane」に寄せたアンサー・ソングのような趣きもあります。というのは、テリー・クラークのヴォーカルの声質やメロディー感覚、歌いまわしがジョン・レノン風なのもありますが、いかにも父親ゆずりの感覚を備えたジュリアン・レノンのデビュー曲「Valotte」とこの「Teagarden Lane」がそっくりだからで、ジュリアン・レノン、またレコーディング・スタッフが当時アセテート盤でしか残っていなかったジェイソン・クレストを聴いていたとは考えられず、不思議な暗合もあるものです。
Julian Lennon - Valotte (Official MV, Charisma/Virgin, 1984) :  

 さらに疑問なのは、ジェイソン・クレストのサウンドは専任鍵盤奏者がいないのに牧歌的かつ幻想的なオルガン・サウンド(メロトロンかもしれません)が特徴的でサウンドの要をなしていて、BBCラジオのジョン・ピール・セッションでもオルガンが大活躍していることです。同時代の日本のタイガースのように鍵盤楽器はゲスト・プレイヤー(タイガースの場合はクニ河内)を迎えているか、テンプターズのようにセカンド・ギタリスト(テンプターズの場合はブルこと田中俊夫)が鍵盤楽器を兼任しているのかもしれませんが、リード・ギタリストでリーダーの松崎由治のギター・バンドだったテンプターズよりジェイソン・クレストは全面的にキーボード・バンド寄りです。ピール・セッションのスタジオ・ライヴ音源を聴くとスタジオ盤同様オルガンをフィーチャーしている上にギタリストのプレイは一人なので、ヴォーカリストのテリー・クラーク、またはリード・ギタリストのテリー・ドブソンとセカンド・ギタリストのデイヴ・スモールコムが交互にオルガンに回っていると推察されますが、最新盤の解説ブックレットでもオルガン(またはメロトロン)の演奏者は明らかではありません。

 ジェイソン・クレストの音源は、何しろ上記の通りフィリップス/マーキュリー音源がアルバム1枚分、ラジオ音源がアルバム1枚分しかないので1曲聴くなら全部聴いて、その上で好みの1曲が見つかればいいようなものですが、筆者の好みではこの「Teagarden Lane」が突出していると思えます。もし活動末期にでもアルバムが1枚リリースされていれば、早くからロンドン・サイケのレア・アイテムとされ、サイケデリック~プログレッシヴ・ロックの過渡期に位置する、アンドウェラやフェアフィールド・パーラーといったバンドと並んで一定の評価を得ていたでしょう。しかし実際にはジェイソン・クレストはアルバム1枚すらリリースできなかったバンドとして、解散からほぼ25年あまり忘れられていた存在でした。全音源集『A Place In The Sun - The Complete Jason Crest』も解散から50年を経てやっと復刻専門のインディー・レーベルから実現したリリースです。ただし名曲「Teagarden Lane」は一度聴いたら忘れられないポップ・サイケ・バラードであり、この1曲が生まれた背景を知るためだけでも全曲集『A Place In The Sun - The Complete Jason Crest』はくり返し聴かれるに足る内容で、この良さがわかる人は信頼のおけるポピュラー音楽リスナーという感じがします。この「Teagarden Lane」ほど夢見るような曲を埋もれさせておくのはつくづく惜しい気がします。

(旧記事を手直しし、再掲載しました。)