サン・ラ - スリーピング・ビューティー (El Saturn, 1979) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

サン・ラ - スリーピング・ビューティー (El Saturn, 1979)
(Reissued Art Yard CD003, 2005 CD Front Cover)
サン・ラ Sun Ra and his Alter Destiny 21st Century Omniverse Arkestra - スリーピング・ビューティー Sleeping Beauty (El Saturn, 1979)  

Recorded at Unknown studio, June 1979 or November 1st. 1979
Released by El Saturn Records Saturn 11-1-79, 1979 also Released as "Door of the Cosmos".
All Compositions by Sun Ra.
(Side A)
A1. Springtime Again - 9:12
A2. Door of the Cosmos - 8:53
(Side B)
B1. Sleeping Beauty  - 11:48
[ Sun Ra and his Alter Destiny 21st Century Omniverse Arkestra ]
Sun Ra - piano, electric piano, organ, vocal
Michael Ray - trumpet, fluegelhorn
Walter Miller - trumpet
Tony Bethel - trombone
Craig Harris - trombone
Vincent Chancey - french horn
Marshall Allen - alto saxophone, flute
John Gilmore - tenor saxophone, percussion
Danny Ray Thompson - baritone saxophone, flute
Eloe Omoe - bass clarinet, flute
James Jacson - basoon, flute, percussion
Disco Kid - electric guitar
Richard Williams - electric bass
Harry Wilson - vibraphone
Atakatune - percussion
Luqman Ali - drums
June Tyson and the band - vocal 

(Original El Saturn "Sleeping Beauty" LP Front Cover, Liner Cover & Side A Label)

 本作は一連の1979年度スタジオ録音サン・ラ・アーケストラ作品に含まれるもので、そのうちもっとも録音の早い『The Other Side of the Sun』は前々回にご紹介しました。次の『Song of the Stargazers』はシカゴ・サターンがシカゴのジャズマンたちに作らせたアーケストラの贋作アルバムという近年の定説は前回ご紹介した通りですが、これもアーケストラは公式作品として認めています。1979年のスタジオ・アルバム8作(年間8作!)は以下の通りになります。

1. The Other Side of the Sun (Sweet Earth, rec.1978.11.1, 1979.1.4/rel.1979)
2. Song of the Stargazers (Saturn, rec.middle'70's/rel.1979)
3. Sleeping Beauty (also "Door of the Cosmos") (Saturn, rec.1979.6 or 11/rel.1979)
4. Strange Celestial Road (Rounder, rec.1979.6/rel.1982)
5. God Is More Than Love Can Ever Be (also "Blithe Spirit Dance", "Days of Happiness" & "Trio") (Saturn, rec.1979.7.25/rel.1979)
6. Omniverse (Saturn, rec.1979.9.13/rel.1979)
7. On Jupiter (also "Seductive Fantasy") (Saturn, rec.1979.5, 1979.10.16/rel.1979)
8. I, Pharaoh (Saturn,  rec.1979-probably1980.6.6/rel.1980)

 そこでこの『Sleeping Beauty』ですが、レコード番号が「Saturn 11-1-79」となっているため1979年11月1日(または1月11日)録音という説と、11月1日は発売日で6月録音(または1月11日録音で6月発売)という諸説があるようです。初発売が1979年内なのは確かなようで、サターンのような自主制作レーベルではプレス完了即発売が可能ですから11月録音で年内発売もおかしくはありませんからどちらの説も成り立つのですが、一応早い方の録音月を採ってご紹介します。ただしサターン・レーベル作品は、ことにマネジメントに委託せず完全にアーケストラ自身の自主運営に移行した1974年~1977年以後のフィラデルフィア・サターン盤ではジャケットやLPレーベルが極端に粗末になり、ジャケットは見本盤用白ジャケットに別刷り紙をセロテープでメンバーやスタッフが貼り付けたもの、LPレーベルはマジックインクで手書き、という手作り仕様がいかにも拙速で、本作はその最たるものです。表裏ともイラストプリント紙が貼ってあるのみでレーベルは使い回しの印刷に手書き。初回プレスには表のイラスト紙すら貼っていない白ジャケット盤すらあるようです。

 本作が6月録音の根拠は次作『Strange Celestial Road』との同日セッションだったという記録からですが、『Strange Celestial Road』は本作の静謐で瞑想的なムードから一転したアグレッシヴな演奏の聴けるアルバムであり、レーベルも実績あるインディー・レーベルのラウンダーからのリリース作品なので趣向を変えたのでしょう。しかしサン・ラの場合はどちらが素顔でどちらがよそ行きということではなく、本作は全編がメロウなミドル・テンポでバンド全員によるソフトなヴォーカル・コーラスをフィーチャーし、ギターやヴィブラフォンの使用などむしろメジャー・リリースに向いている内容です。何しろシカゴ・サターンが贋作アルバム『Song of the Stargazers』を出してもサン・ラ公式作品として通ってしまった時期のリリースで、1979年のサン・ラ・アーケストラはどさくさ紛れにあらゆる可能性を試そうとしていたのが、高い水準の内容にもかかわらず、この時期のアーケストラのアルバムの評価を揺らがせる原因ともなりました。

 本作がサターン・レーベル作品としてリリースされたのは演奏内容はさることながら、A面が2曲計18分強、B面1曲12分弱という構成に外部レーベルからのリリースでは難があったと思われます。それを言えば大手インパルス!レーベルからの1973年録音作『Pathways To Unknown Worlds』1975もA面が12分1曲のみ、B面が2曲計14分半というアルバムでした。内容は本作とは対照的な前衛ジャズ作品です。
Sun Ra - Pathways To Unknown Worlds (Impulse!, 1975) :  

(Side A)
A. Pathways To Unknown Worlds - 12:12
(Side B)
B1. Extension Out - 7:31
B2. Cosmo-Media - 6:58

 本作『Sleeping Beauty』に話を戻すと、これほどヴォーカル・コーラスが全編でフィーチャーされ、ソロイストの演奏もソロ・パート然したものではなく全体のムードに溶けこむようなものになっているのはフュージョンどころではなく、ホレス・シルヴァーがヒッピー思想に感化されて1970年前後に連続リリースしていたソウル・ジャズ系作品「United States of Mind」の連作を思わせられます。シルヴァー作品は散々な悪評を買い未だに再評価されませんが、アーケストラはシルヴァーよりずっと前からハイブリッドな指向性のブラック・ミュージックをやってきて多彩な引き出しからスムーズな変貌ぶりをアルバムに残してきました。『Sleeping Beauty』はアーケストラ作品中でもメロウな度合いでは最右翼に属するもので、サン・ラのアルバムでは典型的な一作とは言えないようでいて、実は'50年代アーケストラのエキゾチック・ミュージック路線の'70年代版であり、それがたまたまコンテンポラリーなAORジャズの風潮と合致したとも取れます。お洒落なジャズ・バーやカフェで流れても違和感なく聴ける点では1978年7月録音の異色作『Lanquidity』(Philly Jazz, 1978)に並びます。ポップさ(特にA2「Door of the Cosmos」、 B1「Sleeping Beauty」)も従来のファンキーな黒さより都会的洗練を感じさせるものです。しかし近年、エヴィデンス・レコーズとアート・ヤード・レコーズによってほぼ全作品に及んだアーケストラのアルバムの系統的CD化プロジェクトでは、『Sleeping Beauty』は『Disco 3000』と並んで'70年代末の作品中でも味わい深い内容として人気アルバムになっています。流して快適に聴くこともできれば、よく聴くと随所に素っ頓狂(B面エンディングに顕著)なアンサンブルが顔を出すのも魅力です。何よりA1「Springtime Again」のピアノのイントロから一瞬でこのアルバムは良いぞ、と思わせられ、最後までその良さが持続するのですからそれ以上何を求める必要があるでしょうか。謎なのは本作の唐突な「Sun Ra and his Alter Destiny 21st Century Omniverse Arkestra」名義ですが、これもまたサン・ラならではの、ユーモアをこめた気紛れなのでしょう。

(旧記事を手直しし、再掲載しました。)