サン・ラ - ピアノ・リサイタル (Leo, 2003) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

サン・ラ - ピアノ・リサイタル (Leo, 2003)
サン・ラ Sun Ra - ピアノ・リサイタル Piano Recital - Teatro La Fenice, Venezia (Leo, 2003) 

Recorded live at Teatro La Fenice, Venezia, Italy, November 24, 1977
Released by Leo/Golden Years of New Jazz GY 21, 2003
All written & arranged by Sun ra except as noted.
(Tracklist)
1. Free Improvisation - 4:57
2. Blues - 4:33
3. Love In Outer Space - 5:15
4. Outer Spaceways Inc. - 6:55
5. Take The 'A' Train (Billy Strayhorn) - 4:12
6. St. Louis Blues (W. C. Handy) - 4:26
7. Penthouse Serenade (King, Burton, Jason) - 5:52
8. Angel Race - 3:57
9. Free Improvisation - 4:07
10. Honeysuckle Rose (Fats Waller) - 7:20
11. Medley: Friendly Galaxy into Spontaneous Simplicity - 7:36
Total Length: 59:17
[ Personnel ]
Sun Ra - unaccompanied solo piano 

(Original Leo "Piano Recital - Teatro La Fenice, Venezia" CD Inner Liner Cover & CD Liner Cover)

 サン・ラ(1914-2003)が長いキャリア、膨大なアルバム、優れたバンドリーダー、作曲家、ピアニストとしての業績にもかかわらず日本の主流ジャズのリスナーにあまり聴かれていないのは、ジャズ雑誌やジャズのアルバム・ガイドブック類にシカゴのローカル・ジャズ・シーンを代表するデビュー作『ジャズ・バイ・サン・ラ』'56か、フリー・ジャズ期のアルバム『サン・ラの太陽中心世界』'65や『世界の終焉』'71くらいしか紹介されず、情報が極端に少ないのに膨大なアルバムがあって何から聴いたらいいかわからず、シカゴ出身のフリー・ジャズ・ビッグバンドというイメージしか浸透していないからですし、さらに日本で特に人気の高いジャズ・ピアノの分野でもジャズ・ピアノの名盤ガイド、ジャズ・ピアニストのガイドブック類にはサン・ラが採り上げられている例はまずないという遺憾すべき事情があります。シカゴの黒人ポピュラー音楽全般の裏のボスだったサン・ラがみずからアーティスト・デビューしたのが40歳を過ぎた1955年、しかもサン・ラはフランク・シナトラやビリー・ホリデイ(ともに1915年生まれ)よりも1歳年長で、戦前世代のアート・テイタム(1910-1956)やメアリー・ルー・ウィリアムズ(1910-1981)、テディ・ウィルソン(1912-1986)より数歳年下、ナット・キング・コール(1915-1965)より年上なのにジャズ・ピアニストとしてはビル・エヴァンス(1929-1980)やセシル・テイラー(1929-2018)、ポール・ブレイ(1932-2016)と重なるポスト・バップ~フリー・ジャズ世代のピアニストと、どこに位置づけたらいいかわからない存在だからなのもありますが、何よりサン・ラがジャズ史上有数のピアニストであることが閑却されているのが過小評価の原因となっています。

 サン・ラの本領はビッグバンド・リーダーと作・編曲家の力量にあり、ピアノに固執せず、音楽性の推移に伴って'60年代前半(1963年録音のアルバム)から各種電気キーボードに移り、'60年代末からはいち早くアナログ・シンセサイザーの全面的導入に取り組んでいました。サン・ラ・アーケストラはサン・ラの電気・電子キーボード類の導入でいっそう高い成果を上げましたし、アコースティック・ピアノに徹して無伴奏ソロ・アルバムを出したのも『Monorails & Satellites Volume 1 & 2』'68/'69、飛んで『Solo Piano Volume 1』'77、『St. Louis Blues (Solo Piano Volume 2)』'78とごく稀だったので、アーケストラのバンド編成作品では電気キーボード、シンセサイザーを主楽器としていたサン・ラはジャズ・ピアニストとしては注目されなかったのです。しかし1962年(48歳!)までのサン・ラはあくまでピアノが主楽器であり、本格的にソロ・ピアノに取り組んだ1977年(63歳!)までもキーボード奏者としての原点はピアノにありました。サン・ラとともにシンセサイザーを導入したパイオニアであり、'70年代のソロ・ピアノ・ブームの立役者の一人だったポール・ブレイ主宰のImprovising Artistsレーベルが制作・発売した『Solo Piano Volume 1』『St. Louis Blues (Solo Piano Volume 2)』の2作はサン・ラのピアニストとしての本領発揮を鮮やかに示したアルバムになりました。もともと'30年代の戦後ジャズからキャリアを始めたサン・ラは1975年から古典ジャズの再解釈と現代化に取り組んでおり、1976年のヨーロッパ・ツアー時のアーケストラ作品『Live At Montreux』『Cosmos』はバンド編成によるその成果でした。ヨーロッパ・ツアーからの帰国後アーケストラを待ち受けていたのはアメリカ本国での人気の低迷でしたが、それはいっそうサン・ラの活動意欲を刺戟することになります。ソロ・ピアノ作品2作に続くニューヨークでのアーケストラの熱狂的ライヴ『Unity』'78(1977年10月録音)で自信を取り戻したサン・ラは、1977年11月からの1か月半におよぶヨーロッパ・ツアーで前年に増したヨーロッパの観客の大歓迎を受けます。特にイタリアでの反響は熱狂的なもので、2003年に発掘発売された本作『Piano Recital』はコンサート主宰者によりラジオ放送用に収録されていたサン・ラのソロ・ピアノによるライヴ・アルバムです。

 日本盤CDでも入手できる『Solo Piano Volume 1』『St. Louis Blues (Solo Piano Volume 2)』はサン・ラの、生きるジャズ・ピアノ史と呼ぶべき古典ジャズ曲から最新のオリジナル曲までをソロ・ピアノ演奏で聴ける素晴らしいアルバムですが、アメリカ本国での人気低迷に抗した(またポール・ブレイの期待に応えた)やや肩の力の入った、異例の力作感も感じさせる作品でした。しかし本作は、主宰者録音やラジオ放送は念頭にあるとは言え、『Solo Piano Volume 1』『St. Louis Blues (Solo Piano Volume 2)』の2作よりずっとリラックスした、イタリアの観客の大歓迎に肩の力を抜いたのびのびとした演奏の聴ける、ジャズ古典曲とサン・ラの代表的オリジナル曲が聴ける好盤です。サン・ラのオリジナル曲の代表曲「Love In Outer Space」などがソロ・ピアノではこんなにチャーミングな曲で、W. C. ハンディ1914年の古典ジャズ曲「セントルイス・ブルース」と並んで軽やかに聴けるとは驚くべきことで、それはサン・ラのオフ・マイクのかけ声入りでスタンダード曲「Angel Face」の改作「Angel Race」が聴けたり、「Free Improvisation」や「Blues」といった即興曲がちゃんと新作オリジナル曲の体をなしていることからも伝わってきます。本作の特徴は『Solo Piano Volume 1』『St. Louis Blues (Solo Piano Volume 2)』よりもずっとブギウギ・ピアノ色が強いことで、サン・ラも後輩ピアニストとしてもっとも認めていたセロニアス・モンク(1917-1982)のソロ・ピアノ作品『Solo Monk』'65との類似も感じられます。サン・ラ生前リリースの公式ソロ・ピアノ作品『Solo Piano Volume 1』『St. Louis Blues (Solo Piano Volume 2)』よりも乗りが良く、アーケストラのバンド・アレンジをソロ・ピアノに置き換えた実験的な『Monorails & Satellites Volume 1 & 2』とは両極をなすピアノ・アルバムです。本作は発掘アルバムゆえ2003年のCDリリース以降追加プレスされていませんが、中古市場では1,000円程度で出回っている、知られざる珠玉です。ジャズ・ピアノ名盤ガイドの筆頭に本作が上がってもおかしくない内容を誇ります。これだからサン・ラは発掘リリース作品までも見過ごせないのです。

(旧記事を手直しし、再掲載しました。)