続・裸のラリーズ - Metal Machine Music'82 (Univive,2006) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

裸のラリーズ - Metal Machine Music '82 (Univive, 2006)
裸のラリーズ - Metal Machine Music '82 (Univive, 2006) :  

Filmed and Recorded Live at 横浜慶応大学日吉公舎, October 2, 1982
Released by Univive UV-02 (DVD, NTSC, Copy Protected, Unofficial Release), 2006
全作詞作曲・水谷孝
(Tracklist)
1. 不明 (氷の炎) - 7:20
2. 夢割草 - 7:43
3. 夜、暗殺者の夜 - 11:26
4. 氷の炎 - 18:55
5. 黒い悲しみのロマンセ - 14:47
6. 造花の原野 - 14:52
7. The Last One - 15:41
Total Time:117min
[ 裸のラリーズ Les Rallizes Dénudés ]
水谷孝 - vocal, guitar
Doronco - bass guitar
野間幸道 - drums 

 数少ない裸のラリーズのフル・コンサート映像として貴重な本作は、音源だけではラリーズ専門復刻レーベルのIgnatiusから1~4が、Univiveから3~7がCD化されているもので、2時間におよぶフル・コンサート収録の本作が先行DVD化されたため音声だけのCDは70分台に収まる1枚物の抜粋版になったものと思われます。本作の概略については前回述べた通りですが、貴重なライヴ映像のため今回も改めて掲載いたします。

 裸のラリーズには唯一の公式映像作品『Les Rallizes Dénudés』(Ethan Mousike, 1992.9.15)があり、リーダーの水谷孝(1948-2019)による映像アンソロジー(ヒストリー・ヴィデオ)の決定版と言えるものですが、内容は多岐に渡っており、音声なしの映像に未発表音源をシンクロさせたトラックも目立ちます。水谷孝はアテネ・フランセのシネクラブ会員でもありジャック・リヴェットの熱烈なファンで、1988年秋~1992年にかけて5年間渡仏して映画三昧のパリ生活を送っていたと伝えられ、パリ滞在中の1991年に日本の関係者に置き土産にしていたラリーズの公式アルバム3作『'67-'69 STUDIO et LIVE』『MIZUTANI -Les Rallizes Dénudés-』『'77 LIVE』をリリースしています。結成以来「裸のラリーズ」、英語表記で「Naked Rallys」としていたバンド名をフランス語表記で「Les Rallizes Dénudés」と定めたのは公式アルバム3作の発表以降とされ、1973年に吉祥寺のライヴハウス「OZ」から限定プレスで自主制作された2枚組LPのオムニバス・アルバム『OZ Days』のD面に4曲を提供したきりで単独アルバムの発表もなくライヴ活動のみでアンダーグラウンド・シーンのカルト・バンドだったラリーズは公式アルバム3作・映像アンソロジー1作のリリース、水谷孝帰国後の1993年のライヴ活動再開以降絶大な支持を集めるバンドになりました。1996年を最後にライヴ活動を休止して以降は国際的に伝説化されたバンドとなり、ファンの間で出回っていた未発表スタジオ音源、ライヴ音源が次々と国内外で海賊盤リリースされることになります。活動休止以降数年おきに水谷孝から関係者にラリーズの活動再開の意思が伝えられましたが、2021年末にラリーズの公式サイトが設立されるとともに2019年末の水谷孝の逝去が公式に発表され、公式サイトからのアルバム再発が2022年夏から始まりはしたものの、事実上ラリーズの歴史は幕を閉じることになりました。

 フル・コンサートを収録したライヴ映像として本作の価値は大きなものですが、'80年代になってようやくホーム・ヴィデオが普及したからこそ残された映像でもあるので、まだ8mmフィルムや16mmフィルムでしか映像を残しようがなかった'70年代のラリーズのフル・コンサート映像が残されていないのは惜しまれます。現存する裸のラリーズの1970年代のライヴ映像で最高のものは、1曲だけながら昭和51年(1976年)8月3日~4日に石川県小松市のバンド、めんたんぴんが主催した「第三回夕焼け祭り」(石川県鶴来町獅子吠高原スキー場)に出演した際の「夜、暗殺者の夜」のフェスティヴァル映像でしょう。この時の野外フェスティヴァルは台風に見舞われ、ラリーズの出演は8月4日の明け方になり、進行上の問題から出演予定時間の途中で中断したと伝えられます。この時のメンバーは1975年末に揃った水谷孝(ヴォーカル、リード・ギター)、中村武志(セカンド・ギター)、楢崎裕史(ベース・ギター)、三巻俊郎(ドラムス)で、1975年末~1977年末まで2年間続いたラリーズ史上最強メンバーとされる時期で、1977年3月12日の立川社会教育会館のワンマン・コンサートで収録された公式アルバムの代表作にして最高傑作と名高い『'77 LIVE』と同メンバーです。「夜、暗殺者の夜」も1976年に成立したばかりの新曲で以降ラリーズのライヴ活動休止まで演奏され続ける代表曲にしてラリーズ屈指の人気曲のひとつで、明け方の屋外に発煙筒が焚かれ足元にミラーボールが転がるステージ・セット、覆面のメンバーという不思議な光景とともに、成立して間もないのにすでに『'77 LIVE』に匹敵する、非常にテンションが高く完成度の高いアレンジで聴くことができます。野外フェスティヴァルのためラリーズ特有のエコー・マシーンを駆使したサウンドではありませんが、エコーがかかっていない分ヴォーカルと楽器のバランスと分離が良好な音質で、何より映像の説得力は無類です。照明を落とした屋内コンサートのため映像の暗い『Metal Machine Music '82』よりも、この「第三回夕焼け祭り」で1曲のみ撮影された1976年8月の「夜、暗殺者の夜」の方がストレートにラリーズの魅力を伝える映像かもしれません。
裸のラリーズ - 夜、暗殺者の夜 (Live「第三回夕焼け祭り」, 1976.8.4) :  


(旧記事を手直しし、再掲載しました。)