サン・ラ - サム・ブルース・バット・ノット・ザ・カインド・ザッツ・ブルー (1977) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

サン・ラ - サム・ブルース・バット・ノット・ザ・カインド・ザッツ・ブルー (El Saturn, 1977)
サン・ラ Sun Ra & His Arkestra - サム・ブルース・バット・ノット・ザッツ・ブルー Some Blues But Not the Kind That's Blue (El Saturn, 1977) 

Released by El Saturn Records Saturns 101477, 1977 also Released as "Nature Boy" & "My Favorite Things".
All arranged by Sun Ra.
(Side A)
A1. Some Blues but not the Kind That's Blue (Sun Ra) - 8:14
A2. I'll Get By (Turk-Ahlert) - 7:19
A3. My Favorite Things (Rodgers-Hammerstein) - 10:01
(Side B)
B1. Nature Boy (Ahbez) - 8:51
B2. Tenderly (Morrison-Lawrence-Gross) - 7:29
B3. Black Magic (Mercer-Arlen) - 8:35
Bonus tracks on cd: 
7. Outer Research Intense Energy (Sun Ra) - 7:14
[ Sun Ra & His Arkestra ]
Sun Ra - piano
Akh Tal Ebah - trumpet
Marshall Allen - alto saxophone, flute, oboe
Danny Davis - alto saxophone, flute
John Gilmore - tenor saxophone, percussion
James Jacson(prob.) - flute, basoon
Eloe Omoe - bass clarinet, flute
Richard Williams - bass
Luqman Ali (Edward Skinner) - drums
Atakatune - conga 

(Original El Saturn "Some Blues But Not the Kind That's Blue" LP Liner Cover & Side A Label)

 本作はアーケストラのバンド編成でスタンダード曲を採りあげ、サン・ラのアコースティック・ピアノの深い味わいを堪能できる、隠れた名作です。1977年のサン・ラは前々回、前回ご紹介したソロ・ピアノ作『Solo Piano, Volume 1』(5月20日録音、Improvising Artists Inc.)とその続編『St. Louis Blues (Solo Piano vol.2)』(7月3日録音、Improvising Artists Inc.)からレコーディングを始めました。インプロヴァイジング・アーティスツ社はピアニストのポール・ブレイ(1932年生、2016年1月3日逝去)主宰のインディー・レーベルで、この2作はサン・ラのピアニストとしての実力を知らしめる話題作になりました。ヨーロッパ・ツアーで前年築いた国際的名声にもかかわらず、当時アメリカ本国で人気の低迷していたアーケストラのバンド作ではなくソロ・ピアノ作から始めたことで1977年はサン・ラのキャリアにとっても仕切り直しの年にもなりましたが、音楽的方向性は1975年のレコーディング・ブランクを挟んだ1976年の『Live at Montreux』『Cosmos』の2作ですでに一新されていたとも言えます。両作ともアーケストラならではのデフォルメの効いたアンサンブルながら、音楽的には明らかにアーケストラ流に4ビート・ジャズのコンテンポラリーな復建を指向したものです。

 そうした方向が1977年のソロ・ピアノ作ではより明確に現れ、アーケストラのバンド・アンサンブルに還元されたのが1977年7月18日のクラブ出演のライヴ『Somewhere Over the Rainbow』、10月14日のスタジオ録音作『Some Blues but not the Kind That's Blue』 からもうかがえます。『Somewhere~』はトリプル・ドラムス18人編成のパワフルなサウンドでスタンダード曲とオリジナル曲を交互に配した選曲、スタジオ作『Some Blues~』は収録曲から『Nature Boy』『My Favorite Things』と改題発売もされ、両作ともアーケストラ自身のサターン・レーベル作品ですが、7月録音のライヴ作は1978年発売、秋録音のスタジオ作は1977年内に発売されたことからも『Some Blues~』の発売が優先されたことがわかります。 

 ライヴ盤『Somewhere Over the Rainbow』も一回を割いてご紹介したかったのですが、さすがにアルバム紹介も70枚を越えると内容的に重複する作品も出てくるので、同作は試聴リンクのみご紹介しておきます。ですがソロ・ピアノ作以降のアーケストラの初スタジオ作『Some Blues~』がご紹介できれば埋め合わせ以上のものになるでしょう。次のスタジオ作『Unity』が20人編成になるので、アーケストラとしてもほぼ最小編成(例外的に小コンボ作もありますが)で臨んだ『Some Blues~』はソロ・ピアノ作の成果が『Unity』や18人編成のライヴ作『Somewhere~』よりも明快に現れており、実際6人いるホーン奏者の半数は曲ごとにアンサンブル要員に回っているのでサウンドはセクステットかセプテット規模のソリッドなまとまりを見せています。全6曲中サン・ラのオリジナル曲はアルバム・タイトル曲のみ(ボーナス・トラックで1曲追加)、他5曲はジャズ・スタンダードとして知られたポピュラー曲(すべてオリジナルはヴォーカル曲)で、逐一出典は上げませんが「My Favorite Things」(ミュージカル、および映画で大ヒットした『サウンド・オブ・ミュージック』挿入歌)と「Nature Boy」(こちらは1948年の映画『緑色の髪の少年』主題歌以降散発的に採り上げられてきた楽曲です)を'60年代ジャズのスタンダード・ナンバーにしたのはジョン・コルトレーンで、サン・ラはコルトレーン(1967年逝去)の生前から'60年代後半のコルトレーンの音楽性をアーケストラの模倣と公言してはばからず当時顰蹙を買っていました。ただしコルトレーンはジョン・ギルモアのテナー演奏を好んでアーケストラのライヴには出来る限り足を運び、サン・ラの黒人文化至上主義的コンセプトに注目し、年長者に敬意を払い同業者に親切なジャズマンだったのでサン・ラからの影響を認める発言で答えていましたし、コルトレーン急死を受けてサン・ラも「アーケストラに加入していたら死ななかっただろうに」(コルトレーンの死因は癌でしたが、診断が遅れたのは過労とも言える多忙スケジュールによるものでした)とその死を惜しんでいます。

 '60年代初期までならともかく、アーケストラが『Live at Montreux』『Cosmos』以降にここまで選曲面でも演奏でもメインストリームのポスト・バップ・ジャズに近づいたのは本作が初めてで、'60年代にもスタンダード曲のアルバムは数作ありましたがバップ的というよりモダン・ビッグバンド的なものでした。小コンボ編成作品も数作ありますが、その場合はサン・ラのオリジナル曲によるアルバムでした。特にジャズ・リスナーでなければ他に面白いアーケストラのアルバムはいくらでもあります。ですがジャズの熱心なリスナーの場合これほど選曲面で入りやすいアルバムはなく、それはソロ・ピアノ作がジャズ・ジャーナリズムの関心を呼びオーソドックスなジャズ・リスナーに受けいられたのと同じ理由で、ライヴ作『Somewhere~』ではオルガンを弾き倒していたサン・ラも本作はピアノ1台で勝負しており、アーケストラ作品のサン・ラがピアノのみでスタジオ盤1枚を通したのは1962年の『Bad and Beautiful』以来ではないかと思います。これも『Cosmos』でひさびさにロクシコード(エレクトリック・ハープシコード)1台で通したことで音色の統一からタイトなサウンドに絞り込む勘を取り戻した(マルチ・キーボードにやや依存気味だった傾向を改めた)ことからソロ・ピアノ作を経れば、当然アーケストラ作品に戻っての課題になるアプローチでした。ピアノ独奏による意外性のある前奏から始まり、ホーン奏者によるテーマ吹奏までこのピアノで曲になるのか、とハラハラするほど原曲の和声とリズム構成を解体しているのがアーケストラ流のスタンダード解釈で、リスナーがモダン・ジャズの平均的解釈・演奏水準を熟知していればいるほど凄みのわかるスリリングかつ渋いアルバムです(唯一の難点はシンバルのうるさいドラムスですが、R&B的な乗りと思えば好きずきでしょうか)。逆にアーケストラの本作からジャズを知ったリスナーにも圧倒的な熱量の伝わるアルバムですが、サン・ラからジャズに入るとモダン・ジャズの良さを丼勘定で知った気分になりかねない危険性もあります。ともあれ、ソロ・ピアノ・アルバムから再びバンド編成に戻ったサン・ラ・アーケストラでのアルバムが親しみやすい力作の本作になったのは喜ばしく、続けてアーケストラ作品のご紹介を続けていきたいと思います。

(旧記事を手直しし、再掲載しました。)