エムティディ - 芽生えの時 (Pilz, 1972) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

エムティディ - 芽生えの時 (Pilz, 1972)

Produced by Rolf-Ulrich Kaiser
(Seite 1)
A1. ウォーキン・イン・ザ・パーク Walkin' In The Park (Maik Hirschfeldt) - 6:27
A2. 夢 Träume (Dolly Holmes) - 3:1T
A3. タッチ・ザ・サン Touch The Sun (Hirschfeldt, Holmes) - 11:42
(Seite 2)
B1. ラヴ・タイム・レイン Love Time Rain (Hirschfeldt, Holmes) - 2:43
B2. 芽生えの時 Saat (Hirschfeldt, Holmes) - 4:07
B3. 旅 Die Reise (Hirschfeldt, Holmes) - 10:04
[ Emtidi ]
Maik Hirschfeldt - Acoustic Guitar [12 & 6 String], Electric Guitar, Electric Bass, Flute, Synthesizer, Guitar [Leslie], Vocals, Cymbal, Vibraphone, Percussion [Maultrommel]
Dolly Holmes - Organ [Electric, Hammond], Electric Piano, Vocals, Mellotron, Spinet [Electric], Piano, Vocals
with
Dieter Dierks - Recording Engineer, Mixes, Percussion, Bass, Mellotron 

(Original Pilz "Saat" LP Liner Cover, Gatefold Inner Cover & Seite 1/2 Label)




 本作はヘルダーリンの『詩人ヘルダーリンの夢』(Pilz, 1972)、ポポル・ヴーの『ホシアナ・マントラ』(Pilz, 1972)に次ぐ、西ドイツ1970年代初頭の短命レーベル、ピルツ(キノコ)・レーベル1972年の三大名作として人気の高い、リスナーを夢見るような心地にさせるアルバムです。ピルツはプロデューサー、ロルフ=ウルリッヒ・カイザーがメジャーのメトロノーム・レコーズ傘下に、サイケデリック・ロックのレーベル・オール(Ohr)、プログレッシヴ・ロックのレーベル・コスミッシュ(Kosmische)と並んで創設したフォーク・ロック系レーベルで、フォーク・ロックと言っても英米のフォーク・ロックとは違う、サイケデリック色が強くドイツ的なドメスティックな指向のレーベルでした。オールやコスミッシュが英語歌詞のバンドが多かったのに対してピルツのアーティストはドイツ語詞で歌うグループが多く、オール、ピルツ、コスミッシュが1970年から1974年に送り出したアルバム群で西ドイツ1970年代前半のロックは最良のカタログが出来上がります。
 エムティディはドイツ出身のマイク・ハーシュフェルトとカナダ出身のドリー・ホルムズの男女フォーク・デュオで、1970年にイギリスで結成され、ベルリンに移ってインディー・レーベルのソロフォン・レコーズからデビュー・アルバム『Emtidi』を発表、西ドイツで活動を続けましたが、本作『芽生えの時 (Saat)』発表後にドリー・ホルムズは脱退、マイク・ハーシュフェルトは三人の男性メンバーを加えてサード・アルバム(未発表)の制作に乗り出すも、ドリー・ホルムズに代わる女性ヴォーカリストが見つからず、そのまま解散しました。その後のハーシュフェルトはジャズ・ロック・バンドのナイアガラを始め主にジャズ畑で活動します。

 エムティディは本作『芽生えの時』で長く記憶されるグループになったので、ファースト・アルバム『Emtidi』もマイナー・インディー・レーベル、ソロフォンの主力アイテムとして数年おきに再プレスされるロングセラー・アルバムになりました。しかしファースト・アルバムの内容は本作『芽生えの時』と較べれば習作と言うべき素朴な男女フォーク・デュオ作品で、いかにもドイツのヒッピーらしい、アシッド・フォーク的なサイケデリック色を残した好作ではあるものの、サウンドは男女シンガーソングライターのギター弾き語りという地味でアマチュア的なものです。アマチュア的な仕上がりにデビュー作らしいみずみずしさがあり、素のエムティディが透けて見える作品ですが、この1作だけではエムティディは一部のマニア以外には、後世に名を残さなかったでしょう。
Emtidi - Emtidi (Thorofon ATH 109, 1970) :  



 しかしピルツ・レーベルでの『芽生えの時』は、西ドイツのロック仕掛人ロルフ=ウルリッヒ・カイザーのプロデュース、精鋭エンジニアでマルチ・プレイヤーのディーター・ダークスのサウンド・メイキングでエムティディ一世一代の名作になりました。ハーシュフェルト、ホルムズもアコースティック・ギターだけでなく各種キーボード、フルート、ヴィブラフォンやメロトロン、シンセサイザーまで手がけ、さすがにポポル・ヴーやヘルダーリンまではおよびませんが、やはりピルツ・レーベルの女性ヴォーカル・フォーク・ロック・バンド、ブレーゼルマシーネ(Bröselmaschine)の1971年の唯一作より頭ひとつ抜けている出来です。ブレーゼルマシーネも十分に潜在的才能を感じさせるグループでしたが、ポポル・ヴーやヘルダーリンほど強固な個性を持たず、やはりカイザーのプロデュース、ダークスのエンジニアリングながらバンドとしての主張が強かったため、男女デュオのエムティディほどカイザーとダークスの手腕に頼らなかったのがアルバムを佳作止まりにしたと思われます。その点エムティディは同時制作された『詩人ヘルダーリンの夢』や『ホシアナ・マントラ』に触れ、特にダークスの指導で飛躍的に作風を深化し、充実したサウンドにたどり着いたものと思われます。ピルツ・レーベルにしては珍しく歌詞は英語(ソロフォンからのファーストでも英語詞です)ですが、これはドリー・ホルムズがカナダ出身のためでしょう。男女デュオと言っても魅力の大半はアシッド・プログレッシヴ・フォークのサウンドに乗るドリー・ホルムズのヴォーカルにかかっていて、ホルムズ脱退後バンド編成に乗り出しサード・アルバムの制作にかかるもホルムズに代わる女性ヴォーカルが見つからず解散というのもうなずけます。ハーシュフェルト(2014年死去)のヴォーカルだけでは本作は弱く、実際リスナーには本作は『詩人ヘルダーリンの夢』『ホシアナ・マントラ』と並ぶ女性ヴォーカルのアコースティック・ロックのアルバムとして聴かれています。ちなみにエムティディ以外にはドリー・ホルムズさんの録音はないようで、生没年も不詳です。エムティディの公式YouTubeチャンネルは『Emtidi』と本作の2作のみ、登録者は現在26人しかいません。『詩人ヘルダーリンの夢』『ホシアナ・マントラ』を気に入られた方にはぜひお聴きいただきたいアルバムです。リスナーを夢心地に誘う作品とは本作のようなアルバムを言うのです。