ヘルダーリン - 詩人ヘルダーリンの夢 (Pilz, 1972) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

ヘルダーリン - 詩人ヘルダーリンの夢 (Pilz, 1972)
ヘルダーリン Hoelderlin - 詩人ヘルダーリンの夢 Hoelderlins Traum (Pilz, 1972) :  

Produced by Rolf-Ulrich Kaiser
Sound Engineering by Dieter Dierks
Released by Pilz Disk Pilz 20 21314-5, 1972
All Songs written and arranged by Hoelderlin.
(Side A)
A1. 我々は商品か Waren Wir - 4:53
A2. ペーター Peter - 2:52
A3. 藁 Strohhalm - 2:20
A4. ある小人へのレクイエム Requiem Fur Einen Wicht - 6:32
(Side B)
B1. 覚醒 Erwachen - 4:20
B2. 気象通報 Wetterbericht - 6:34
B3. 夢 Traum - 7:20
[ Hoelderlin ]
Michael Bruchmann - drums, percussion
Nanny DeRuig - vocals
Christian Grumbkow - guitar
Joachim Grumbkow - cello, acoustic guitar, flute, keyboards, mellotron
Peter Kaseberg - bass, acoustic guitar, vocals
Christoph Noppeney - violin, flute, piano
with
Peter Bursch - sitar (A3)
Mike Hellbach - tablas (A3)
Walter Westrupp - flute (B1)
(Original Pilz "Hoelderlins Traum" LP Liner Cover, Gatefold Inner Cover & Side 1/2 Label)

 西ドイツ‘70年代初頭アコースティック・ロックの至宝。冒頭のA1「Waren Wir」はデビュー・アルバム1曲目でこれだけのオリジナリティと完成度をアピールできたバンドは稀でしょう。ヴォーカルのナニーさんはスウェーデン出身のヒッピーだったらしくこのデビュー・アルバムだけで抜けてしまいますが、当時の英語詞主流のドイツのロックにあって全曲ドイツ語詞は珍しく(これはレーベルのPilzの方針でもありました)、ドイツのリートまたは民謡調の楽曲で歌われるドイツ語ヴォーカルがこのアルバムでは魅力です。また曲調が変化して男性ヴォーカルになり、中盤からのメロトロンの洪水のようなサウンドはイギリスのロックとはまったく異なる使われ方です。素朴なA2「Peter」、オリエント調のA3「Strohhalm」と小曲が続いた後、A4「Requiem Fur Einen Wicht」は6分半の間に通常の循環的構成でなく非可遡的な展開をくり広げるミニ・オペラ風のドラマティックな名曲で、10c.c.やクイーンのロック・オペラ風楽曲よりも数年早く、また早くからハード・ロックでロック・オペラをやっていたザ・フーとも類似性は感じられません。A面はA4で4拍子と3拍子が混交される以外は4拍子の楽曲が続きましたが、B面はB1「Erwachen」、B2「Wetterbericht」とも短調の3拍子曲で、ともに佳曲である上に3拍子曲が連続しているとはすぐには気づかないくらい異なるアレンジで美しいメロディが歌われます。ナニーさんのヴォーカルはプロとしてやっていける力量のものではないでしょう。しかしこのアルバムの魅力の半分はナニーさんのたどたどしいドイツ語ヴォーカルにあります。しかし唯一のインストルメンタル曲でアルバムの最終曲「Traum」はフルート、ヴァイオリン、チェロを生かした情熱的なアンサンブルで、ヴォーカルなしでも十分にヘルダーリンの個性を示す名曲です。

 残念ながらデビュー作の本作きりでバンドは一旦解散状態になりましたが、1975年にナニーさん抜きで男性メンバーたちがバンドを再結成し、英語詞で国際的活動を視野に入れた再デビューをSpiegeleiレーベルから果たしました。新生ヘルダーリンはスタジオ盤3作『Hoelderlin』1975、『Clown & Clouds』1976、『Rare Birds』1977、集大成的2枚組ライヴ盤『Traumstadt』1978を発表後にエレクトリック・ポップ路線に転じ、『New Faces』1979と『Fata Morgana』1981を残しますが、再び解散を余儀なくされます。それでもメンバーの結束は強く、2007年のスピーゲライ・レーベルでの全アルバムのCD化(ピルツ盤のデビュー・アルバムは早くからCD化されていました)ではメンバー自身の監修でリマスターと未発表テイクの増補が行われ、新作『8』も同時発売されて2009年まで活動し、現在でも時々単発的にライヴを行っているようです。スピーゲライ盤はヴォーカルのナニーが抜けた上男性ヴォーカルの英語詞もあり、ずばりキング・クリムゾンとキャラヴァン、ジェネシスの影響を受けたブリティッシュ・プログレッシヴ・ロック路線に変化しています。男性メンバーのヴォーカルはピーター・ガブリエルそっくりです。どれも出来も良く、丁寧に制作されたことが伝わる好感の持てる作品ですが、デビュー・アルバムの面影を求めると普通のバンドになってしまった感は否めません。『Hoelderlin』『Clown & Clouds』『Rare Birds』『Traumstadt』はプログレッシヴ・ロックのリスナーになら文句なしにお勧めできるアルバムですが、『Hoelderlins Traum』はもっとローカルで素朴な音楽性だからこそ普遍性に達しているアルバムです。また、2007年のアルバム通算第8作『8』も新たに女性ヴォーカリストを迎えた、素晴らしいアルバムです。 


(旧記事を手直しし、再掲載しました。)