サン・ラ - バッド・アンド・ビューティフル (El Saturn, 1972) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

サン・ラ - バッド・アンド・ビューティフル (El Saturn, 1972)
サン・ラ Sun Ra and his Myth Science Arkestra - バッド・アンド・ビューティフル Bad and Beautiful (Saturn, 1972) :  

Recorded entirely at the Choreographer's Workshop, New York (the Arkestra's rehearsal space) in either November or December 1961.
Released by El Saturn Records Saturn Research ESR532, 1972
(Reissued Impulse! ASD-9276 Front Cover, 1975)
(Side A)
A1. Bad and the Beautiful (Previn, Raksin) - 2:46
A2. Ankh (Sun Ra) - 5:11
A3. Just in Time (Styne, Comden, Green) - 3:49
A4. Search Light Blues (Sun Ra) - 5:39
(Side B)
B1. Exotic Two (Sun Ra) - 4:47
B2. On The Blue Side (Sun Ra) - 5:29
B3. And This is My Beloved (Borodin, Wright, Forrest) - 3:16
[ Sun Ra and his Myth Science Arkestra ]
Sun Ra - piano
Pat Patrick - baritone saxophone(expect A4, B2), percussion(A4, B1)
John Gilmore - tenor saxophone(expect B1), percussion(B1)
Marshall Allen - flute(A1, B3), percussion(A4, B1)
Ronnie Boykins - bass
Tommy Hunter - drums, percussion 

(Original El Saturn "Bad and Beautiful" LP Liner Cover & Side A Label)

 アラバマ州バーミンガム生まれ、シカゴ出身のジャズマン(バンドリーダー/作編曲家/振りつけ師/ピアニスト)出生名ハーマン・プール・ブロウント、後にル・ソニー・ラーと改名、芸名は略称サン・ラ(1914-1993)については1956年のデビュー・アルバムから1961年の初のニューヨーク巡業時の録音になる第13作までを第1期サン・ラとして前回までご紹介しました。以下ご紹介済みのアルバムのリストですが、1~12が1956年~1961年にシカゴで活動しながら自主制作したアルバム(1、3のみ外部プロデューサーによる)、13がニューヨークのレーベルへの録音第1弾アルバムでデビュー・アルバムのプロデューサーによって再デビューを期して制作されました。1、3と13のプロデューサー、トム・ウィルソン(1931-1978)が第1期サン・ラのスタートとピリオドを期したことになります。13はまだバンドの拠点をニューヨークに移すか検討段階にされた録音で、本格的なニューヨーク移住・進出後のアルバムとしては今回の『Bad and Beautiful』こそが第2期サン・ラの第1作と言えるものです。

[ Sun Ra and His Arkestra 1956-1961 Album Discography ]
1. Jazz by Sun Ra, Vol.1 (Sun Song) (Transition, rec.1956/rel.1957)
2. Super-Sonic Jazz (Saturn, rec.1956/rel.1957)
3. Sound of Joy (Jazz by Sun Ra, Vol.2) (Delmark, rec.1956/rel.1968)
4. Visits Planet Earth (Saturn, rec.1956-58/rel.1966)
5. The Nubians of Plutonia (Saturn, rec.1958-59/rel.1966)
6. Jazz in Silhouette (Saturn, rec.& rel.1959)
7. Sound Sun Pleasure!! (Saturn, rec.1959/rel.1970)
8. Interstellar Low Ways (Saturn, rec.1959-60/rel.1966)
9. Fate In A Pleasant Mood (Saturn, rec.1960/rel.1965)
10. Holiday For Soul Dance (Saturn, rec.1960/rel.1970)
11. Angels and Demons at Play (Saturn, rec.1956-60/rel.1965)
12. We Travel The Space Ways (Saturn, rec.1956-61/rel.1967)
13. The Futuristic Sounds of Sun Ra (Savoy, rec.1961/rel.1962)

 サン・ラのアルバム紹介はシリーズになりますので本作以降の1960年代録音作品もリストにしておきます。60年代いっぱいのサン・ラのアルバムは50年代作品同様、大多数がサン・ラ自身のマネジメントの設立したサターン・レーベルで制作・発売されたので(うち多数が70年代になってメジャーのインパルス・レーベルから再発されました)、録音順と発売時期が滅茶苦茶に混乱しています。発売順に並べると混乱に輪をかけてしまうので録音順に整理しました。『Bad and Beautiful』から'60年代の掉尾を飾る『Atlantis』まで30作ですが、60年代作品から後は第1期サン・ラの13作のようにすべてがリンクを引けるとは限らなくなります。10年単位で括るなら1970年までが'60年代ですが、サターン・レーベル以外のレーベルからの録音が増大するのが1970年なので、サン・ラの第2期は『Atlantis』で区切るのがちょうどいいのです。サン・ラが一躍国際的注目を集めるようになったのはフリー・ジャズ専門の新設インディーズ、ESP-Diskからの『サン・ラの太陽中心世界Vol.1(The Heliocentric Worlds of Sun Ra, Volume One)』で、ESP-Diskというレーベル自体への注目度とあいまってデビュー・アルバムから10年目にしてようやくジャズ・ジャーナリズムがサン・ラの存在に気づき始めます。第2期サン・ラ(60年代)はさらに『The Heliocentric Worlds of~』1965以前と以降で前期・後期に分けることもできるでしょう。リンクが引ける作品は引ける限り紹介していき、リンクが引けないアルバムは前後作の紹介の中で言及します。それにしても'60年代にはまだマニア間でしか知名度がなかったサン・ラが、ほとんどインディー・レーベル作品だけでよくこれだけの枚数(14年間で44作!)ものアルバム(メジャー作品はサン・ラ単独で参加したMGMからのウォルト・ディッカーソン作品だけで、リンボーダンス用音楽やエレキギター・インスト音楽の変名アルバムもあり、発表の遅れた作品、サン・ラ没後まで未発表になっていた作品も1/3を占めますが)を多作できたものです。なお1961年~1969年のアルバムには1956年のデビュー・アルバム『Jazz By Sun Ra』からの通し番号を「()」で併記し、あまりに発売会社・発売時期が多岐に渡り21世紀まで未発表だったアルバムもあるため、ためオリジナル盤のレコード番号も記しておきました。これを全部聴いている(またサン・ラ1993年の遺作までの約160作をすべて聴いている)熱心なリスナー(筆者もその一人ですが)が世界には少なからずいるのです。

[ Sun Ra and His Arkestra 1961-1969 Album Discography ]
1. (14) Bad and Beautiful (Saturn LP-532, rec.1961/rel.1972)
2. (15) Art Forms of Dimensions Tomorrow (Saturn LP-9956, rec.1961-1962/rel.1965)
3. (16) Secrets of the Sun (Saturn London404, rec.1962/rel.1965)
4. (17) What's New? (Saturn 52735, rec.1962/rel.1975)
5. (18) When Sun Comes Out (Saturn LP-2066, rec.1963/rel.1963)
6. (19) Ron Croney, Queens of Limbo, with Orchestra and Chorus - It's Limbo Time (Dauntless DM-4309, rec.&rel.1963)
7. (20) Cosmic Tones for Mental Therapy (Saturn LP480, rec.1963/rel.1967)
8. (21) When Angels Speak of Love  (Saturn LP-1966, rec.1963/rel.1966)
9. (22) Other Planes of There (Saturn KH-98766, rec.1964/rel.1966)
10. (23) Featuring Pharoah Sanders & Black Harold (Saturn IHNY-165, rec.1964/rel.1976)
11. (24) Other Strange World (Roaratorio roar33, rec.1965, rel.2014)
12. (25) The Heliocentric Worlds of Sun Ra, Volume One (ESP-Disk 1014, rec.1965/rel.1965)
13. (26) The Magic City (Saturn lPG-711, rec.1965/rel.1966)
14. (27) The Heliocentric Worlds of Sun Ra, Volume Two (ESP-Disk 1017, rec.1965/rel.1966)
15. (28) The Heliocentric Worlds of Sun Ra, Volume Three (ESP-Disk ESP 4002, rec.1965/rel.2005)
16. (29) Walt Dickerson Quartet - Impression of A Patch of Blue (MGM SE4358, rec.1965/rel.1966)
17. (30) The Ark And The Ankh (CD IKEF-02, rec.1966/rel.2001)
18. (31) Nothing Is (ESP-Disk 1045, rec.1966/rel.1966)
19. (32) College Tour Vol,I~Complete Nothing Is... (ESP-Disk ESP4060, rec.1966/rel.2010)
20. (33) Space Aura (Art Yard AY10001, rec.1966/rel.2013)
21. (34) Strange Strings (Saturn LP-502, rec.1966/rel.1967)
22. (35) Batman and Robin - The Sensational Guitars of Dan and Dale (Tifton 78002, rec.1966/rel.1966)
23. (36) Monorails and Satellites, volumes 1 (Saturn SR-509, rec.1966/rel.1968)
24. (37) Monorails and Satellites, volumes 2 (Saturn LP-519, rec.1966/rel.1967)
25. (38) Our Spaceways Incorporated (Saturn 14300A/B, rec.1966-1968/rel,1974) Various Sessions
26. (39) Continuation (Saturn ESR-520, rec.1968/rel.1969)
27. (40) Amiri Baraka - A Black Mass (Jihad Productions 1968, rec.1968/rel.1968)
28. (41) Picture of Infinity (Black Lion 30103, rec.1967-1968/rel,1971)
29. (42) Music For Tomorrow's Mood (Atavlstlc, rec.1969/rel.2002)
30. (43) Atlantis (Saturn ESR-507, rec.1967-1969/rel.1969)

 前作で初めてニューヨークのレーベルからのアルバム発売を果たしたアーケストラですが、『The Futuristic Sounds of Sun Ra』は普段サターン・レーベルで作っているアルバムとはかなり趣の違ったシリアス寄りの内容で、制作の実現はプロデューサーのトム・ウィルソンの尽力によるとはいえ当時従来のジャズ路線からR&Bとゴスペルを主力にしていたサヴォイ・レーベルはまったく売り出しに力を入れず、ジャズ誌の批評にも載らないまま1980年代に再発売されるまでずっと廃盤状態になります。『The Futuristic Sounds~』は優れた内容のアルバムでしたがいつものアーケストラの音楽からは異色作で、アーケストラはシカゴ時代からビッグバンド・ジャズがビ・バップを通って独自のフリー・ジャズに変化する過程を示してきましたが(ですがシカゴから動かなかったので、同時期にモンクやミンガスがニューヨークで浴びていたような耳目を集めませんでした)『The Futuristic Sounds of~』はシカゴでの行き詰まりもあってニューヨーク進出を検討中に再びトム・ウィルソンに後押しされたかたちでした。ウィルソンは1962年からボブ・ディランやサイモン&ガーファンクルを始めとしてフランク・ザッパや新生アニマルズ、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドらフォークとアンダーグラウンド・シーンのロックのプロデュースに転身してしまうので、ウィルソンにとってもサン・ラはジャズ・プロデューサーとして最初と最後に手がけたアーティストでした。ウィルソンがいなくてもサン・ラはアーケストラのデビューを準備していましたが、節目節目で外部プロデューサーと組むのは方向性の見直しには必要だったでしょう。『The Futuristic Sounds of~』はそれまですべて自己流でやってきたサン・ラがミンガスやコルトレーン、セシル・テイラー、オーネット・コールマンら新しいジャズの動向に対抗しようとする意識を前面に出しており、アーケストラ本来の黒い乗り、クラブの客のざわめきまで聞こえてきそうな勢いには知的な抑制をかけています。『The Futuristic Sounds of~』はサヴォイの怠慢から不発に終わりましたが、1965年の『The Heliocentric Worlds of~』では気鋭の新設レーベルESP-Diskの大プッシュもありシリアス路線で一挙に国際的リヴェンジを果たすことになります。

 発売は10年後の1972年になりましたが、『Bad and Beautiful』は寄せ集めではなくバンドが借りていた練習場で一気に録音されたアルバムでアーケストラがニューヨークに移住して初めての作品であり、『The Futuristic Sounds of~』のようにサン・ラ&アーケストラのメンバー4人+セッションマン3人というのとは違う、完全なアーケストラのアルバムとして制作されました。内容はサン・ラ最後の「インサイド」なジャズ作品と評され、A1のアルバム・タイトル曲(曲名は「The」入りの「Bad and the Beautiful」ですが)は1952年のヴィンセント・ミネリ監督の映画『悪人と美女』主題歌、A3は1956年のミュージカルで1960年に映画化された『Bells Are Ringing』(日本未公開)挿入歌、B3は1953年のミュージカル『キスメット』挿入歌と、全7曲中3曲がスタンダードです。また4曲のサン・ラのオリジナル曲中「Ankh」は『Sound of Joy』(1956年11月録音)初出、ヴァリエーション「Ankhnaton」が『Fate in a Pleasant Mood』(1960年録音)に収録されているので新曲は3曲ですが「Ankh」もまったく違う印象を受けるのは、このアルバムはアーケストラ史上最小の6人編成(3管+ピアノトリオ)で録音されており、ベースのボイキンスは変わらずドラムスは新人で、管の3人はレギュラーのマーシャル・アレン、ジョン・ギルモア、パット・パトリックですが今回アレンはアルトサックスは吹かずバラードのA1、B3でフルートを吹きA4、B1でパーカッションを担当するだけで、またバリトンサックスのパトリックはA1、A2、B2、B3でバリトン、A4、B1でパーカッション担当で、テナーサックスのギルモアはB1でパーカッション担当になる以外の6曲ではテナーを吹いていますからA2、B2、B3はアレン抜きの5人編成、A3はアレンとパトリック抜きの4人編成になり、このアルバムの白眉と言えるピアノトリオ+3パーカッションのB1「Exotic Two」ではサン・ラの打楽器的奏法のピアノとパーカッションの爆発的な演奏が聴けます。ただしアルバム全体はアーケストラ作品でも渋い方で、B1以外のオリジナル曲は「Ankh」のニュー・ヴァージョンにせよ軽快なB2にせよ、変型ブルースの枠を出ないとも言えます。やや異色なのはA4「Search Light Blues」で、スタンダード「Lover Man」のコード進行に基づいたベース・ラインに「Alone Together」のメロディを乗せて変型マイナー・ブルースに改作しています。『Bad and Beautiful』に続く2作『Art Forms of Dimensions Tomorrow』『Secrets of the Sun』でサン・ラ&アーケストラのジャズははっきり「アウトサイド」なものになりますが、スタンダードを3曲含み、粗い音質の録音でいったんシカゴ時代のアルバムのムードに戻ったような本作にも(スタンダード3曲はサン・ラのニューヨーク進出宣言を表す戦略だという評もありますが)、このアルバムにしかない魅力があります。サターン作品の通例で、相変わらず30分という収録時間には物足りなさを感じますが。

(旧記事を手直しし、再掲載しました。)