サン・ラ - ライヴ・イン・ロンドン (Transparency, 2010) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

サン・ラ - ライヴ・イン・ロンドン (Transparency, 2010)
サン・ラ - Sun Ra And The Intergalactic Research Arkestra - ライヴ・イン・ロンドン Live In London (Transparency, 2010) Full Album
Recorded live at Queen Elizabeth Hall, London, U.K., November, 9
Released by Transparency Records Transparency 0317, 2CD, 2010
(Tracklist)
Disk 1 - First Set - 71:21 :  

1-2. Walking On The Moon - 4:44
1-3. Outer Spaceways Incorporated - 3:22
1-4. Untitled - 9:50
1-5. The Shadow World - 1:22
1-6. Untitled - 8:58
1-7. Watusi - 8:02
1-8. Theme Of The Stargazers - 0:47
1-9. Life Is Splendid/Moog Solo/Sun Ra And His Band From Outer Space (Incomplete) - 6:30
Disk 2 - Second Set - 45:37 :  

2-2. Untitled - 7:08
2-3. Planet Earth - 9:54
2-4. Second Stop Is Jupiter/Myth Vs. Reality/It's After The End Of The World - 21:58
2-5. Untitled - 1:05
[ Sun Ra And The Intergalactic Research Arkestra ]
Sun Ra - piano, Farfisa organ, Hohner clavinet, piano, Rocksichord, Spacemaster organ, Minimoog, Hohner electra, vocals
Kwame Hadi - trumpet
Akh Tal Ebah - mellophone, trumpet
John Gilmore - tenor saxophone, percussion
Marshall Allen - alto saxophone, flute, oboe, piccolo, percussion
Pat Patrick - baritone saxophone, tenor saxophone, alto saxophone, clarinet, bass clarinet, flute, drums
Danny Davis, Absholom ben Shlomo - alto saxophone, flute, clarinet
Danny Thompson - baritone saxophone, alto saxophone, flute
Leroy Taylor - oboe, bass clarinet
Robert Cummings - bass clarinet
Augustus Browning - English horn
Alan Silva - violin, viola, cello, bass
Alejandro Blake Fearon - bass
Lex Humphries - drums
James Jackson - percussion, oboe, flute
Nimrod Hunt - hand drums
Hazoume - fireeater, dance, African percussion
Math Samba, Ife Tayo - dance, percussion
June Tyson - vocals 

 本作はサン・ラ音源発掘レーベルのTransparency Recordsから2010年にサン・ラ・アーケストラの公認でリリースされたものですが、アーケストラの公式サイトでも「非常に音質の悪い観客録音」とわざわざ断り書きのある、マニア泣かせのアルバムです(後述)。サン・ラ・アーケストラは1970年10月~12月のヨーロッパ~エジプト・ツアーで初のイギリス公演を行いました。10月9日のロンドンのクイーン・エリザベス・ホール公演、セイモア・ホール公演、さらに他国を回ったのちリヴァプール大学公演でヨーロッパ・ツアーは終了しましたが、公式録音が行われなかったため長らく1970年ツアーのイギリス公演は録音が存在しないとされてきました。しかしサン・ラ専門の復刻レーベル、Evidence、Art Yard、Transparencyらは八方手をつくしてライヴ・テープを捜索しており、初のロンドン公演から40年経って発掘発売されたのがオーディエンス(観客)録音によるこの『Live in London』です。満席のイギリス人観客が大きな衝撃を受けたというこのロンドン公演ですが、演奏のテンションはドイツ公演のライヴ盤『世界の終焉 (It's After the End of the World)』に匹敵する壮絶なものながら、アーケストラの公式サイトでも米アマゾンの紹介記事を引用しながら(「貴重極まりないが録音に難がありすぎる。バスルームの中で録音されたような音質」)「ハードコアなアーケストラのファン向けアイテム」と認めており、2CDで2時間あまりのヴォリュームとライヴ収録を意識しない長尺の即興演奏をたっぷりくり広げながら、これは同年のフランス・ツアーのライヴ盤『宇宙探求~サン・ラ・イン・コンサート (Nuits de la Fondation Maeght)』やドイツ公演からの『世界の終焉 (It's After the End of the World)』、12月のエジプト公演からの三部作『Dark Myth Equation Visitation (Live in Egypt, Vol.1)』『Nidham』『Horizon』(この三部作はArt Yard社が非常に良好なCD化をなし遂げています)などの公式ライヴ盤を聴いていないとかなり敷居の高いアルバムでしょう。ライヴを実体験したリスナーが隠し録りされたプライヴェート録音を人づてに手に入れたような生々しさで聴けるアルバムではありますし、正規発売というだけでも海賊盤よりは格段にましではありますが、マニア向けの秘蔵発掘録音という前提なしには計れません。ただし前後のライヴ作では自前のシンセサイザーやオルガンを主要楽器としていたサン・ラが、本作ではホール備えつけのピアノを存分に弾いている点で本作ならではの聴きごたえがあり、これで正式に高音質で録音されライヴ盤として密度の高い編集を施されていたなら本作もサン・ラのライヴ名盤に連なったかもしれないアルバムです。『宇宙探求 (Nuits de la Fondation Maeght)』や『世界の終焉 (It's After the End of the World)』、エジプト公演三部作を聴いたリスナーにはこれも参考作品として落とせない困った発掘ライヴで、本作は公式アルバムをひと通り堪能したリスナー向けのアイテムとしての価値は十分あります。また手違いで本作からサン・ラを聴いたリスナーにもこれはこれで絶大なインパクトを与えること必至の強烈な内容になっており、ひょっとしたらその方がこのロンドン公演で初めてサン・ラを体験したリスナーに近い追体験ができるかもしれません。サン・ラとほぼ同時期により若いフェラ・クティ、少しのちのパスカル・コムラーデが英語圏の音楽界に受け入れられたのもサン・ラ・アーケストラが異文化のコミュニティー音楽として先鞭をつけていたからこそでしょう。

 ただし問題はこの伝説的なイギリス初公演ライヴの音質です。この年8月にサン・ラ・アーケストラは初めてフランスで海外公演を行い大好評を博し、10月にはフランスへの再度の公演からドイツ、オランダ、スペイン、イタリアを回り、イギリスで3公演を行って帰国します。この時の2度におよぶ西ドイツでのジャズ・フェスティヴァル出演から1枚のアルバムに選び抜いたのがサン・ラ史上初の国際メジャー・リリース(ポリドール)になったアルバム『世界の終焉 (It's After the End of the World)』でした。イギリス3公演の幕開けになった11月9日ロンドンのエリザベス・ホールでのコンサートは満席の観客に驚愕をもって迎えられ、この公演を見て呆気にとられた若き日のデイヴィッド・トゥープ(!)が観客の受けた衝撃を伝える貴重な証言をしています。日本でもそうですが外国からのミュージシャンの公演はほとんどが放送局や会場主宰者によって放送用・記録用に録音されており、サン・ラのヨーロッパでの発掘ライヴもほとんどが主宰者や放送局によって録音されたものですが、イギリスのエリザベス・ホール、セイモア・ホール、リヴァプール大学ホールでの3公演はいずれも公式録音が残されませんでした。せめて誰か観客なり、できればスタッフなりが隠し録りしたテープがあるのではないかと長年テープが捜索されてきましたが、ついにTransparency社が見つけ出してきたそのイギリス公演初日、エリザベス・ホールでのライヴは2010年にCD2枚組で発売されました。記述が前文と重複しますがそれが本作で、アーケストラ公式サイトもこのリリースを公認しましたが、サイト内のアルバム・ディスコグラフィーでわざわざ注釈をつけています。

「注記: サン・ラの音楽に音質は関係ないが、この発掘ライヴは限度を越えている。Amazonに寄せられたユーザー評を引く。『これまでに聴いたどんな最悪の音質の録音よりもさらに劣悪な音質を想像すればこれになる。このアルバムを買うのは20ドルの紙幣を火にくべるようなものだ』『バスルームではなくホールで録音されたとは信じがたい。まるでオーディオが壊れて爆発したようだ』。よって本作は本当にハードコアなサン・ラのコレクターにしかお薦めできない」。

 意図的な音質劣悪ライヴとしてリリースされたロックのアルバム、キング・クリムゾンの『Earthbound』やキャバレー・ヴォルテールの『Live at Y.M.C.A.』、SPKの『Live At The Crypt』など、この『Live in London 1970』の前にはハイクォリティー・サウンドにすら聴こえます。音楽的な効果を狙った音質劣化ではなく単なる客席からの隠し録り録音の大失敗で、ワイヤーの名曲「Underwater Experience」のように鼓膜に水が入ったままバンジー・ジャンプしているような音響がひたすら続いて何を演奏しているのかもわかりません。サン・ラだから、伝説的な1970年秋のロンドン公演だからという以外CD化などもっての他のようなオーディエンス録音の劣悪音質です。もちろんアーケストラ側に何の非もなく、実際のコンサートの音響は通常通りのコンサート・ホールのサウンドだったでしょうから、結局イギリス公演はまともなライヴ・テープが存在しなかったと割り切るしかないでしょう。リリースしたTransparency社も相当なものですが、よくまあ40年間も録音者がこの壊滅的録音状態のテープを破棄しなかったものです。それでも「本当にハードコアなサン・ラのコレクター」は現在世界中にいるので、本作ほどの代物が正規CD化されているのもサン・ラならではの異常事態です。「どんな最悪の音質の録音よりもさらに劣悪な音質」をぜひご試聴ください。

(旧記事を手直しし、再掲載しました。)