サン・ラ - ザ・ソーラー・ミス・アプローチVol.1&Vol.2 (BYG, 1972) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

サン・ラ - ザ・ソーラー・ミス・アプローチVol.1&Vol.2 (BYG, 1972)
サン・ラ Sun Ra And His Solar Myth Arkestra  - ザ・ソーラー・ミス・アプローチVol.1 The Solar-Myth Approach (Vol.1) (BYG/Actuel, 1972)  

Recorded at the Sun Studios, New York, 1970-71 (Credited, but Probably Recorded between 1967-1968).
Released by BYG Records ‎- 529.340, Actuel - 40, 1971 or 1972
All Titles Written & Arranged by Sun Ra.
(Side 1)
A1. Spectrum - 4:52
A2. Realm Of Lightning - 12:00
A3. The Satellites Are Spinning - 3:25
(Side 2)
B1. Legend - 9:44
B2. Seen III, Took 4 - 3:25
B3. They'll Come Back - 3:51
B4. Adventures Of Bugs Hunter - 6:25
(Original BYG/Actuel "The Solar-Myth Approach Vol.1" LP Liner cover & Side 1 Label) 
サン・ラ Sun Ra & His Solar-Myth Arkestra - ザ・ソーラー・ミス・アプローチVol.2 The Solar-Myth Approach (Vol.2) (BYG/Actuel, 1972)  

Released by BYG Records ‎- 529.340, Actuel - 41, 1971 or 1972
(Side 1)
A1. The Utter Nots - 11:00
A2. Outer Spaceways, Inc - 1:05
A3. Scene 1, Take 1 - 8:02
(Side 2)
B1. Pyramids - 2:22
B2. Interpretation - 7:30
B3. Ancient Ethiopia - 2:43
B4. Strange Worlds - 8:27
[ Sun Ra & His Solar-Myth Arkestra ]
Sun Ra - piano, moog synthesizer, space-master, clarinet
Kwame Hadi - trumpet
Ahk Tai Ebah - trumpet, space dimention mellophone
Ali Hassan, Charles Stevens - trombone
Marshall Allen - alto sax, oboe, flute, piccolo
Danny Davis - alto sax, alto clarinet, flute
John Gilmore - tenor sax, percussion
Danny Thompson, Pat Patrick - baritone sax, flute
James Jackson - oboe, flute, ancient egyptian infinity drum
Ronnie Boykins - bass
Clifford Jarvis, Lex Humphries - percussion
Nimrod Hunt - hand drums
June Tyson, Art Jenkins - vocal 

(Original BYG/Actuel "The Solar-Myth Approach Vol.2" LP Liner cover & Side 1 Label)
 サン・ラの'70年代アルバムを取り上げるのは年代順でこれが6作・7作目ですが、6作目にしてようやくサターン・レーベル盤(サン・ラ・アーケストラのマネジメントによるシカゴの自主制作レーベル)以外のアルバムが現れます。もっともこの時点で、サターン盤以外のサン・ラのアルバムは、匿名のノヴェルティ的セッション・アルバムを除けば、

・Jazz By Sun Ra (Transition, Recorded 1956/Released 1957)
・The Futuristic Sounds of Sun Ra (Savoy, Recorded 1961/Released 1962)
・The Heliocentric Worlds of Sun Ra (ESP, Recorded & Released 1965)
・The Heliocentric Worlds of Sun Ra, Volume Two (ESP, Released 1966/Recorded 1965)
・Sound of Joy (Delmark, Released 1968/Recorded 1956)
・Nothing Is... (ESP, Released 1966/Recorded 1966)

 の6枚("Sound of Joy"は本来"Jazz By Sun Ra"に続くTransitionへのセカンド・アルバムとして録音されTransitionの活動休止により未発表になっていたもの)しかありません。Delmarkでは『Sound of Joy』の前に『Jazz By Sun Ra』を『Sun Song』1967として改題再発売していますから、ライヴ演奏に接する機会のないリスナーにはサン・ラの音楽は自主流通で入手困難なサターン盤よりもESP盤とDelmark盤で知られていたのです。

 ですがESP盤とDelmark盤はアーケストラの音楽でも完成度の高い面を堅実にとらえたアルバムであり、良かれ悪しかれ記録的な要素の強いサターン盤よりも音楽的な焦点が絞られた内容でした。サン・ラ側でも、ライヴ会場の手売り販売や通信販売向けのサターン盤はアーケストラへのファン・アイテムとして好き放題な内容を楽しみ、インディー・レーベルとはいえメジャー傘下の流通網でアメリカ国内全域のみならず国際発売もされるESP盤、Delmark盤はサンプラー的ながら名刺代わりの意義があったと思われます。'50年代~'60年代のサン・ラにはもっと際立ったサターン盤がありますが、代表作に『Sun Song』と『The Heliocentric Worlds of Sun Ra』が上がることが多いのは、一般に多く聴かれているだけが理由ではないのです。

 サン・ラは多作かつ作風も多彩なアーティストで、サターン盤は優れたアルバムの場合でもアーケストラの一面を切り取ったものという性格があり、5枚~10枚単位でアーケストラの全体像が見えてくる、といったものです。Delmark盤(Transition原盤)はもっとも初期の満を持したアーケストラのアルバム・デビューであり、Savoy盤はニューヨーク進出を意識したバンドの新たな方向性を打ち出したアルバム、そしてESP盤は'60年代前半の実験の集大成であるとともに'60年代後半のアーケストラの作風のステートメントとなった、いずれもサン・ラにとって節目となるアルバムでした。アーケストラの広大な音楽はサターン盤を洩れなく追跡していかなければ不足がありますが、凝集力によってDelmark盤、Savoy盤、ESP盤をコンパクトなサンプラー・アルバムであり代表作と見做すのはあながち的外れでもありません。

 では、1970年代初頭にフランスのBYGレーベルに提供したこの1971年発売と1972年発売の諸説ある、ライヴ盤のようなジャケットの『The Solar-Myth Approach』はどのようなアルバムでしょうか。本作はTransition、Savoy、ESP盤のような録り下ろしの新作ではなく、レーベルの求めによって未発表曲をまとめたアルバムですが、アメリカ国外のレーベルからオリジナル・リリースされた初めてのサン・ラのアルバムになり、以降イギリス、ドイツ、ヨーロッパ各国からオリジナル・リリースされるアルバムの先鞭をつけることになりました。BYGは積極的にアンダーグラウンド・ロック、フリー・ジャズの復刻・新作を発売していたフランスのレーベルでした。また1969年夏にアート・アンサンブル・オブ・シカゴをフランスに招き、翌'70年秋にBYGの肝いりでヨーロッパ・ツアーに招かれたサン・ラは「先にアート・アンサンブルを呼びやがって」と根にもっていたそうです。書誌的にはまず『Vol.1』『Vol.2』が1971年または1972年に単独アルバムで発売され、のちににVol.1とVol.2の2枚組で再発売されています。Vol.1、Vol.2の曲目は上記の通り(録音メンバーも同一)になります。内容は2枚とも同じ傾向のもので、Vol.1、Vol.2ともに1970年~1971年録音とクレジットされていますが参加メンバーの顔ぶれ(ロニー・ボイキンスら)からは1967年~1968年にベーシック・トラックが録音されており、1970年~1971にダビングとリミックスが行われたもの(1969年からのムーグ・シンセサイザー導入、1970年のジューン・タイソンの加入がその根拠です)のようです。'70年代のサン・ラ作品の劈頭にはやはり『Volume 1』1970と『Volume 2』1971に分かれた『My Brother the Wind』がありましたが、『Vol.1』と『Vol.2』で異なる編成・コンセプトで制作された『My Brother the Wind』が個別に1作ずつに数えられるのと違い、本作『The Solar-Myth Approach』は未発表テイク集2枚が分売された同じ趣向のものです。またBYGから翌年発売されるライヴ盤『Nuits de la Fondation Maeght, Volume I & II』も2枚で1作をなすものです。

 ジャズはとにかくマイルスを聴け、と言われるほどにはジャズはとにかくサン・ラを聴け、と言う人はあまりいませんが、マイルスにはアーティスト公認の未発表曲の編集盤『Big Fun』『Get Up with It』(ともに1974年)があり、それらはマイルスには珍しく試作段階の未発表曲を集めて新作としたものでした。『The Solar Myth Approach Vol.1 & 2』はサン・ラ・アーケストラにとっての『Big Fun』『Get Up with It』に相当します。1970年中にすでに7枚のアルバムを出していますから(前後が明確でなく、本作の後に回した『Out There A Minute』『Picture of Infinity』を含めて)BYGレコーズからLP2枚分のオファーを受けても純粋な新録音のマテリアルがなかった、という事情が考えられます。ただしBYGは内容には未発表作品であれば一切注文をつけなかったと思われ(さすがに'50年代の未発表曲では困ったでしょうが)、ちょうど『The Heliocentric Worlds of~』以降の時期に大量に未完成未発表曲が残っていました。『The Heliocentric Worlds of~』はサン・ラのヨーロッパでの評価を決定的にしたアルバムですからその後に続く拾遺作品集なら文句はなく、メンバーはアーケストラ史上でも最高の面子です。

 アルバム・タイトルはサン・ラ側が複数候補を上げたと思われますが、Vol.1とVol.2に分けてバラ売りと2枚組の両方で発売したのは、当時はLPは高価だったので商業的な事情でしょう。BYGはニューヨークのESPレーベルを範にしたレーベルでサン・ラやドン・チェリー、アーチー・シェップらのフリー・ジャズと、ゴングらのアンダーグラウンド・ロックを発売していました。ESPレーベルやBYGレーベルのアルバムのリスナーにはジャズとロックの最先端のアンダーグラウンド発の音楽は等価に聴かれており、同時期にマイルスがメジャーなロック・シーンに切り込もうとして苦戦を強いられていたより小規模ながら無理なく柔軟なリスナーを開拓できたとも言えます。

 サン・ラにとってはアルバム2枚分の完全な新録音を作ろうと思えばできたでしょう。ですが1968年~1969年の最強メンバーのアーケストラの未発表未完成録音は機会があれば完成させて発表したかったに違いなく、それもマイルスの『Big Fun』『Get Up with It』と性格が似ています。'70年にはアーケストラはアレン、デイヴィス、ギルモア、パトリックのサックス4人衆以外は新メンバーになっており、ジューン・タイソンのヴォーカルが加わり、サン・ラの主楽器はピアノ、ホーナー・オルガン、クラヴィオーネ以上にムーグ・シンセサイザーを駆使したものになっていました。意図してか偶然か、このアルバムには4拍子の曲はありますがシャッフル系の4ビート曲はありません。'60年代アーケストラを担った天才ベーシストのボイキンスはストレートな4ビートにもビート感の稀薄なルバート・テンポでも強靱なベース・ラインでバンドを牽引する逸材でしたが、本作収録曲ではオスティナートのラインを残されてはいるものの、'60年代作品ほどの存在感はありません。

 1967年~1968年の未発表曲というより、アルバムにクレジットされている1970年~1971年の作品と見るべきなのは、新たなオーヴァーダビングとリミックスによって音楽が1967年~1968年のアーケストラとはまったく違った響きに変貌していることでも顕著で、1967年~1968年のベーシック・トラックはドラムスとトランペット、トロンボーン、ベースの一部にしか残っていないのではないかと思われます。オーヴァーダビング部分のみミックスに残してベーシック・トラックは大半カットしてしまったのではないでしょうか。A面は『Cosmic Tones For Mental Therapy』1963の人力ダブと『The Heliocentric Worlds of~』の抽象音楽を混合した路線ですがA3のコーラスはフランスのジャズ・ロック・バンド、マグマのコバイア語コーラスの手法を思わせ、サン・ラの方が早いですし、同曲のムーグ・シンセサイザーはエレクトリック・ギターと間違えてもおかしくない音色とフレージングで驚かされます。B面で聴けるサン・ラの演奏も驚くべきもので、唯一比較的オーソドックスなピアノが聴けるB3も良いですがB1、B2のサウンドは'60年代にはなかったもので、B4おそらく『Atlantis』1969と同時期のアウトテイクをそのまま使った例外的な1曲でしょう。余力を残しながら1971年時点のアーケストラのほぼ全貌を示したアルバムとして、このアルバムは高い完成度を誇るものです。ライヴ盤に見せかけたジャケットははったりですが、そこはインディー・レーベル作品ですからいたしかたないでしょう。

(旧記事を手直しし、再掲載しました。)