遠い夏に想いを -84ページ目

遠い夏に想いを

アメリカ留学、直後の72年の夏に3ヶ月間親子でパリに滞在。その後、思い出を求めて度々訪欧。

 かってイギリスに何度か旅行しましたが、その時の風景です。イーストアングリア地方の丘の上から見た夕暮れの運河で、サッと描いた古い水彩画です。

運河


 イングランド民謡の「グリーンスリーヴズ」、聴き慣れた恋の歌です。イギリスといえば民謡ですね。エリザベス朝の頃から歌われていた古い歌で、温かみのある牧歌的なメロディーが心を癒してくれます。この動画はヘンリー八世とアン・ブリーンをイメージして古風に作られたようです。後にヘンリー八世は妻のアンを処刑してしまいます。



 Viosan の「ミネソタの遠い日々」
1970年に私たち夫婦・子供連れでミネソタ大学(University of Minnesota)へ留学した記録のホームページ


 市の文化活動サークルで「水曜美術」という絵画教室に市庁舎の展示スペースを利用できる順番が廻ってきました。


市庁舎

 油彩も水彩もパステルも、A5サイズくらいまでという小さな絵です。15人ほどのサークルですが、一人1~2点、出品しました。私は以前ブログにも乗せた女性のパステル画を出しました。展示は今月末までの2週間ばかりです。

展示絵画01
展示絵画02

 今年7月には新宿でグループの絵画展示会を予定しています。



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 今日の東京は晴天、無風で、初夏のようです。暖かい陽射しに誘われて成城学園の街に一人で散歩に出かけました。

成城

 電車で5分程の距離ですから時々買い物や散歩にでかけます。ここは田園調布と並んで東京では高級住宅街ということになっています。駅前には成城石井があり、品揃えも豊富で、いま大人気のエゴマ油を買いました。健康にいいものは積極的に摂るようにしています。

油

 成城には街の北側に野川が流れています。もう直ぐ川沿いに桜が咲きます。この川は最後は二子玉川付近で多摩川に合流します。下の写真は去年のものです。

成城桜

 帰りに成城学園前駅のショッピングセンターに寄ってみました。4階の屋上には小さな庭園があります。北側からは小田急線の線路と電車が見え、南側からは空気が澄んでいれば富士山が望めます。

小田急

 ミモザの木が一本、満開の黄色い花を付けてました。エキゾチックな響きをもつミモザ。ミモサといわずにミモザと濁るのはフランス語からきたらしいです。まさにゴージャスの一語につきます。

ミモザ01
ミモザ02

 気温も20度以上と、ジャケットを着ていると汗をかくほどでした。


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 もう3月も中旬、あと10日もすれば桜が咲き始める頃ですね。昨年の春に小田急線の向ヶ丘遊園地駅の裏手に広がる生田緑地を訪れた時の景色です。


 夕暮れが迫っています。丘の下には畑があり、そこに一本の古い桜の木が美しい白い花をつけていました。いろいろと描き方はあると思いますが、桜を水彩で描くのは大変で、上手く描けませんでしたが。



生田


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 東日本大震災からもう4年目が過ぎました。時の流れって早いですね。大地震と津波に火災、それに福島の原発事故、テレビの映像を見た時には、余りに多くの犠牲者が出て、その惨状に身が凍りつくほど恐ろしかったです。

 地震当日は東京でもかなり揺れました。食器類が散乱したりしたご家庭も多かったそうですが、私の家ではピアノの上の小物が落ちた程度でした。但し凄い揺れ方に恐怖を覚えました。

 復興が進んでいないようです。復興の進み具合に関しても、年代によっても大きな差があるって報道されています。10代・20代と60代・70代では受け止め方に違いがあって、若い人は「ある程度進んでいる」と答え、高齢者は「全然進んでない」と答える割合が多いそうです。年配者はつい災害以前の平穏な生活と比べてしまうのですね。

 私には、何も出来ないという無力感が大きかったです。支援と言っても寄付金を出すのが精一杯でした。震災から一年半たった2012年9月11日に大倉山記念館ホールで「千の音色でつなぐ絆」音楽会が開かれました。奇しくも2001年9月11日はニューヨークのテロが起こった日と同じでした。

 当時ヴァイオリンを習っていた先生が開催にこぎつけた小さな音楽会で、東北震災の流木で作ったヴァイオリン(後に何かと噂が絶えませんでしたが)を弾く機会がありました。多数の人達が演奏に参加しました。但し、現地の人達を呼ぶとか、現地に行って演奏会を開催するなんって無理と解っていても、演奏会に参加して、流木ヴァイオリンの音色の輪を繋げていこうという気持ちでした。会場で寄付を募ったり、被災地で作られた小物の販売などで少しは支援できたでしょうか。アマチュアの演奏会ですから、いたし方のないことでしょうね。

 こうゆう災害時に果たす音楽の力って大変に大きいものです。当時プロの演奏家やミュージシャンが世界中で開催したチャリティーコンサートは多大な貢献をもたらしました。音楽にしか出来ないことですよね。

  「千の音色でつなぐ絆」音楽会での一場面 ハイドンの弦楽トリオを一緒に弾かせてもらいました
音楽会

 パリの「震災後の日本再生、東日本大震災からの再生ビジョン」展で、フランスのヴァイオリニストのプーレ氏が流木ヴァイオリンで演奏、東京でもプーレ氏の演奏会が2012年8月30日に催されました。この東京での彼の演奏会には東北で震災にあった若い人達を招待していました。

 私は東北に少なからず縁があります。義理の弟が福島のいわき市にいます。津波は目の前まで来たそうです。北海道はかって全国からやってきた移民の土地です。私の父は若い頃岩手の水沢から札幌に移住して来ました。

 岩手といえば宮沢賢治の故郷です。「雨にもめげず、風にもめげず・・・」は病弱だった賢治が病床でメモった詩だそうです。彼はチェロを弾きました。作曲もしたらしいです。この動画の音楽はいかにも「銀河鉄道の夜」を思わせる彼らしいメロディーです。

宮沢賢治/星めぐりの歌



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