震災からもう4年も過ぎたんだ | 遠い夏に想いを

遠い夏に想いを

アメリカ留学、直後の72年の夏に3ヶ月間親子でパリに滞在。その後、思い出を求めて度々訪欧。

 東日本大震災からもう4年目が過ぎました。時の流れって早いですね。大地震と津波に火災、それに福島の原発事故、テレビの映像を見た時には、余りに多くの犠牲者が出て、その惨状に身が凍りつくほど恐ろしかったです。

 地震当日は東京でもかなり揺れました。食器類が散乱したりしたご家庭も多かったそうですが、私の家ではピアノの上の小物が落ちた程度でした。但し凄い揺れ方に恐怖を覚えました。

 復興が進んでいないようです。復興の進み具合に関しても、年代によっても大きな差があるって報道されています。10代・20代と60代・70代では受け止め方に違いがあって、若い人は「ある程度進んでいる」と答え、高齢者は「全然進んでない」と答える割合が多いそうです。年配者はつい災害以前の平穏な生活と比べてしまうのですね。

 私には、何も出来ないという無力感が大きかったです。支援と言っても寄付金を出すのが精一杯でした。震災から一年半たった2012年9月11日に大倉山記念館ホールで「千の音色でつなぐ絆」音楽会が開かれました。奇しくも2001年9月11日はニューヨークのテロが起こった日と同じでした。

 当時ヴァイオリンを習っていた先生が開催にこぎつけた小さな音楽会で、東北震災の流木で作ったヴァイオリン(後に何かと噂が絶えませんでしたが)を弾く機会がありました。多数の人達が演奏に参加しました。但し、現地の人達を呼ぶとか、現地に行って演奏会を開催するなんって無理と解っていても、演奏会に参加して、流木ヴァイオリンの音色の輪を繋げていこうという気持ちでした。会場で寄付を募ったり、被災地で作られた小物の販売などで少しは支援できたでしょうか。アマチュアの演奏会ですから、いたし方のないことでしょうね。

 こうゆう災害時に果たす音楽の力って大変に大きいものです。当時プロの演奏家やミュージシャンが世界中で開催したチャリティーコンサートは多大な貢献をもたらしました。音楽にしか出来ないことですよね。

  「千の音色でつなぐ絆」音楽会での一場面 ハイドンの弦楽トリオを一緒に弾かせてもらいました
音楽会

 パリの「震災後の日本再生、東日本大震災からの再生ビジョン」展で、フランスのヴァイオリニストのプーレ氏が流木ヴァイオリンで演奏、東京でもプーレ氏の演奏会が2012年8月30日に催されました。この東京での彼の演奏会には東北で震災にあった若い人達を招待していました。

 私は東北に少なからず縁があります。義理の弟が福島のいわき市にいます。津波は目の前まで来たそうです。北海道はかって全国からやってきた移民の土地です。私の父は若い頃岩手の水沢から札幌に移住して来ました。

 岩手といえば宮沢賢治の故郷です。「雨にもめげず、風にもめげず・・・」は病弱だった賢治が病床でメモった詩だそうです。彼はチェロを弾きました。作曲もしたらしいです。この動画の音楽はいかにも「銀河鉄道の夜」を思わせる彼らしいメロディーです。

宮沢賢治/星めぐりの歌



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