遠い夏に想いを -80ページ目

遠い夏に想いを

アメリカ留学、直後の72年の夏に3ヶ月間親子でパリに滞在。その後、思い出を求めて度々訪欧。

 庭のランタナが満開になり、今年も蝶がやってきます。例年3種類くらい蝶が来るのですが、今年はまだ白黒のあげは蝶々だけみたいです。


蝶


 ランタナは南米原産で日本では4種くらいあるみたいですが、とにかく繁殖力が凄く外来種としては警戒すべき植物らしい。これはピンクと黄色の花を付ける種類で上に伸びる方だが、白や紫の花を付ける種類は下に這うタイプだ。しかし白も紫も植えたのだがなかなか成長しません。


ランタナ01
ランタナ02
 花は3~4センチだが、小さな花が20個くらい集まってできている。花が枯れると直ぐ緑色の実をつける。熟すと黒くなり、毒があるらしい。鳥が食べても無害だが、鳥が落とした種を動物が食べると大変らしい。鳥が食べているところはみたことがないのだが。



 今朝もやってきたあげは、追加アップします。

あげは01

 Viosan の「ミネソタの遠い日々」
1970年に私たち夫婦・子供連れでミネソタ大学(University of Minnesota)へ留学した記録のホームページにもどうぞ


 土曜日は気温が30度に達しようという暑い一日でした。久しぶりにソラのいる妹の家に行きました。彼らのマンションに徒歩で行くには駅から延々と曲がりくねった階段を登り、また長い階段を下りるという、丘の谷間のようなところにあります。神奈川県の住まいは多かれ少なかれ山坂の多いところにあるので、覚悟が必要ですね。


 地震だ! ソラ
ソラ地震

 午後に行きましたが、夜になって、突然、建物がゆらりゆらりと揺れだし、地震がきました。
「ソラ、地震だ」
テーブルの下で休んでいたソラですが、驚いてキョロキョロしていまいたが、数日前にも地震があったので、大騒ぎはしません。


 水飲んでもいいかにゃ?
ソラ水01

 美味しいにゃ、直接飲む水は
ソラ水02

 やおら台所に行き、シンクの縁に乗って、水道の蛇口から水を器用に飲んでいます。
「お皿に入れてやっても、飲まないの。飲むときはいつもこのスタイルよ」
配電盤の隙間に親猫が捨てていってから、一年経ちました。人間でいうと二十歳くらだそうで、色々知恵がついてきたみたいです。
「以前、夜中にジャー・ジャーという音がして、ビックリして起きてみたら台所の床がびしょ濡れで、ソラが自分で水道の蛇口を押して水を飲んでいたの」
「もうやらないの?」
「物凄く叱っておいたから、自分ではやらない。飲むときは催促するだけよ」


 もう、いい加減にして~
ソラ爪きり

 今日は「猫ばぁちゃん」の姉が来ていたので、爪を切ってもらうことに。姉は20年以上猫を飼っていたので、猫のことは詳しいし、爪切りもお手のものなので、姉が遊びに来る度に、ソラは爪を切られる。前足と後足の爪を切るのに数分で済むのだが、動かないように押さえ込んで、時々ソラの大好きなえさをやりながら、大騒ぎになる。


 まだ猫がやる面白行為がありますが、機会があればまたソラ編で紹介しようと思います。



 Viosan の「ミネソタの遠い日々」
1970年に私たち夫婦・子供連れでミネソタ大学(University of Minnesota)へ留学した記録のホームページにもどうぞ



 昔描いた水彩画です。ウェストミンスター寺院は英国国教会の寺院で、11世紀以来、ここで歴代の王の戴冠式が行われます。教会内にカレッジ・ガーデンという素敵な庭があります。曜日によって入れないこともありますが。夏の午後、ここで休憩する婦人の像です。この年は春から雨が降らず、乾燥して、芝も枯れています。ロンドンにしては異常な年だったと記憶しています。


Westminster

 Viosan の「ミネソタの遠い日々」
1970年に私たち夫婦・子供連れでミネソタ大学(University of Minnesota)へ留学した記録のホームページ

 またまた昔の思い出話で恐縮です。以前にも書きました「かまくらシンフォニエッタ」という管弦楽団が5月23日に演奏会を開き、曲目の一つにモーツアルトのヴァイオリン協奏曲5番が予定されていました。

 この曲には強い思い出があります。中学生の時にこの曲のレコードを買い、モーツアルトアルバム
が大好きになりました。SP盤というレコードで、1曲で4枚のアルバムです。これが中学2年生になってヴァイオリンを始めるきっかけになりました。その後高校の受験や大学の受験勉強でヴァイオリンどころじゃなくなっていました。大学ではオーケストラに入部してやっと落ち着いてヴァイオリンを再開することが出来ました。

 大学のオーケストラにエキストラで来ていたMさんという女性がいました。いつもニコニコしていましたが無口で、抜けるように肌が白く、メガネをかけ、素敵な女性でした。私より6歳くらい歳上で、音楽大学の出身でした。

 普段は内気で女性に声をかけられない男でしたが、大学3年の頃でしょうか、ある時、オーケストラのゲネプロが終わった時に、思いきって彼女にお願いをしてみました。

「演奏会が終わってからでよいのですが、一度レッスンをお願いしたいのですが?」
「えっ、レッスンですか?」
「えぇ、今は誰のレッスンにもついていなのですが、自分でモーツアルトの5番のコンチェルトを練習してきて、テンポは若干ゆっくりですが、最後まで弾けるようになりました。この曲だけでも・・・」
「いいわよ、で、場所は?」
「井の頭線の久我山に家があり、親戚が一緒に住んでます。私の部屋がありますから、よければそちらでお願い出来たら」

 彼女は意外とあっさりOKしてくれました。それまで余り会話も交わしたことのない彼女が久我山に週一回2時間ほど、全部で5回か6回くらい来て、全曲みてくれました。

 当時使っていた楽譜
楽譜01

 楽譜の整理をしていたら、古く黄ばんでボロボロになった楽譜が出てきました。ヴァイオリンのパート譜だけですが、ところどころ彼女の書き込みが消えずに残っていました。当時は輸入楽譜が手に入らない時代で、国内の好樂社の楽譜です。

 書き込みがあるので、カデンツァもみてくれたようです。
楽譜02

 その後はオーケストラの演奏会の度にお会いしていました。このレッスンのことは誰にも話していません。楽譜を眺めていたら、懐かしさが沸いてきました。今でも彼女は元気でいるかな?まだヴァイオリンを弾いているだろうかなって。

 私は卒業後仕事が忙しくて、ヴァイオリンどころでなくなり、その後35年間ほどヴァイオリンから遠ざかっていました。その後病気をして無理とは判ってましたが、定年後を有効に過ごすためにヴァイオリンを再開しました。しかし、学生時代に弾けたものが、今ではちゃんと弾けなくなったのは情けないです。

 中学時代から始めたとはいえ、実質大学時代から本格的に弾きだしたようなものだし、その後35年間もヴァイオリンを弾いていなかったのだから、モーツアルトが最終目標だったのも致し方ないです。

 「かまくらシンフォニエッタ」の演奏会はエグモント序曲とハイドンの交響曲103番などで相変わらす素晴らしく、モーツアルトを弾いた松野美智子さんはご高齢ですが力強い素敵な演奏でした。特に1楽章のカデンツァの表情豊かな演奏は感激的でした。


 Viosan の「ミネソタの遠い日々」
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 ヘッダーに使っている写真を水彩にしてみました。前夜に雨が降り、翌朝に多摩川に出てみました。そして撮ったのがヘッダーの写真です。土も芝も濡れていて川原で遊ぶ人もいません。土が湿っていて赤味が強くなっていました。


多摩川

 さて、絵の方は?ヘッダーを変えてみようと思ったのですが、やはり写真の方がいいみたいです。


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