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遠い夏に想いを

アメリカ留学、直後の72年の夏に3ヶ月間親子でパリに滞在。その後、思い出を求めて度々訪欧。

 今はコロナで音楽会は殆ど中止ですね。クラシイク音楽会はポピュラーやジャズと違って聴衆は静かに聴いてるのですが、それでもだめです。特に合唱は全部ストップです。妻の姉は合唱団のピアノ伴奏の仕事をしてますが、このところ収入ゼロです。だから暮れの第九交響曲などどこも禁止です。


ケーキ


ポール

 一昨年の春だと思うのですが、東急田園都市線の青葉台にあるフィリアホールでの音楽会のあと、向いのPAULというパン屋さんに入り、喫茶部でお茶を飲みました。パンも豊富ですがケーキも美味しかったです。その時のテーブルにのったケーキとコーヒーの絵です。

 2021年になって1週間が過ぎました。月日の経つのは早いものですね。コロナで音楽会は開催不能、全滅です。

consert

 そこでパステルで新春コンサートと題して絵をかいてみました。ラフな絵ですが雰囲気は出てると思いますが。


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   新年のご挨拶

 

   明けましておめでとう御座います。

   旧年中はブログを見て頂き有難う

   ございました。
   どうぞ今年もよろしくお願いいたします。

 

                    2021年 元旦

 暮れになりました。暖かくて12月の初めから梅の蕾がほころびだしました。


梅


 もうクリスマスの時期になりましたね。昔はクリスマスなんて一般市民には関係のない行事でした。私が小学生のころ札幌にいましたが、街のお菓子屋さん(事実私の所も貸家だったのですが)にはクリスマスケーキなるものは売っていませんでした。


 近くの歯医者さんの子供が同級生で、その家庭がクリスチャンでした。クリスマスには彼の家に招待された記憶があります。


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 近所のアパートの玄関前に飾ってあるツリー。


 その後数年して街ではクリスマスのムードが強くなりました、大人になって一つ不思議に感じるようになりました。分厚い旧約聖書はありましたが、とても読み切る気力はないので、キリストが生まれたころからキリスト教が広まっていく時代について書いた本を多数読みました。新約聖書も3世紀の初めころ書かれたものです。


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 コロナで我が家では大きなツリーは飾りません。動物のクリスマスだぁ・・・・・・。


 でも何故クリスチャンでもない日本人がクリスマスを祝うのだろう?留学でアメリカに家族で滞在しているときに、アメリカ人の家族にクリスマスのディナーに招待されました。12月25日の正午です。日本人は24日のイヴにご馳走を食べますすよね。もう既に違っているのです?


 大ざっぱに言ってヨーロッパと北南アメリカがキリスト教ですね。アフリカ、中東、インド、アジア諸国はそれぞれの宗教を持っています。勿論例外もあります。しかしこれら一部の国では日本と同じでクリスマスを祝ってます。単に商業主義に乗せられいるのでしょうか?


 どうでもいいことなのです。現在の日本人は宗教心が希薄なのですから。キリストが生まれた日など特定されていません。12月になったのは昔の法王が冬至のある12月にしたためだと記憶しています。冬至の方が「新生」と結び付くからです


 だからただの年中行事の一つに過ぎないのですから、キリストやキリスト教に関係なく皆で楽しめばいい

のです。

 前にも書いたが、ベートーヴェンが亡くなって250年。特に日本人はベートーヴェンとチャイコフスキーが大好きだ。


 30年以上前にウィーン郊外のハイリゲンシュタットを旅した想い出がよみがえる。ウィーンから行きは電車で帰りはバスの旅行だったが、午後いっぱいの旅行った。先ず「ベートーヴェンの小道」という標識に従って歩いた。左に小川が流れ、まさに「田園」交響曲の第二楽章の短いキャプション(副題)の「小川のほとりで」の情景そのものである。


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 ここは「田園交響曲」の着想を得た場所だ。曲の冒頭には「田舎に着いた晴れやかな気持ち」とあり、第二楽章には「小川のほとりにて」と、その小川の傍の小道でカッコウや小鳥の鳴き声を聞いたりしたのだろう。牧歌的な着想は農民の歌から得たらしい。









 この道をたどると何かベートーヴェンの姿を空想してしまう。更に歩いてハイリゲンシュタットの遺書の家にいく。ここには弟に宛てた遺書が残っている。耳が聞こえなくなって絶望したのだろう。自殺はしなかったから遺書だけは残っている。