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遠い夏に想いを

アメリカ留学、直後の72年の夏に3ヶ月間親子でパリに滞在。その後、思い出を求めて度々訪欧。

 さるすべり(百日紅)の花が咲いていますね。今年の夏は異常です。花がちゃんと付かないことが多いみたいです。私の家の近くに古い大きな「さるすべり」がピンク色の豪華な花を毎年咲かせるのですが、今年は全然咲きません。表道路ぎわにある古くて白いさるすべりの木はまばらにしか咲いていません。


<近所の大きなさるすべり、手前のピンクの花が咲かない>
遠い夏に想いを-さるすべり02
<表道路わきのさるすべり、白い花がまばらに咲いて>
遠い夏に想いを-さるすべり01
<隣の家の若いさるすべりは満開>
遠い夏に想いを-さるすべり03
 私にとっては不思議な木なのです。昔、大学に入る為に上京してきた時に、ぐにゃぐにゃしとた枝を茂らせて、木や枝の表面がつるつるしている木って見たことがなかったからです。


<北大にあるポプラ並木~ウィキペディアより>
遠い夏に想いを-ポプラ
<ニセアカシアの花~ウィキペディアより>
遠い夏に想いを-ニセアカシア
 札幌出身ですが、札幌にはこんな面白い木はありませんでした。地方によって茂る木の種類が違うのは当たり前なんですが。札幌ではイタリアやフランスなど見られるポプラの並木があったり、ニセアカシアの木があって白い可憐な花を付けていました。また西の円山公園に杉が数十本茂っていますが、杉の北限だと聞かされています。


 春に上京しても、夏休みに札幌に帰郷するので、夏に開花するさるすべりの花は見られません。東京に住むようになってから、やっと花を見ました。ふさふさと咲く豪華な花に驚かされました。猿も滑るようなこの木からこんなに綺麗な花がさくって想像もできませんでしたから。


 Viosan の「ミネソタの遠い日々」
1970年に私たち夫婦・子供連れでミネソタ大学(University of Minnesota)へ留学した記録のホームページにもどうぞ

 先日紹介したブルーベリーの摘み取りが最盛期を迎えています。というと木が一本なのに、大袈裟なって聞こえますが、年々実の数が増えてきたようです。特に今年は蝶々も鳥も来ないから、鳥に食べられる数も少ないようです。花だけっていうのもいいですが、実のなる植物って楽しいですね。


<まだ実がなっています>
遠い夏に想いを-ブルーベリーの木
 今日時点で430グラム、1粒1グラムですから430粒くらいは取れたでしょうか。まだ熟してない実が枝に沢山残っています。


<今までの収穫、冷凍して保存しています>
遠い夏に想いを-今までの収穫

<日々摘んでくるブルーベリー>
遠い夏に想いを-日々の収穫

 暑い毎日ですね。妻が元気になったら、近隣のブルーベリー畑にブルーベリー摘みに行こうと皆が話していますが、果たしてそれまでに妻の調子が戻りますかどうか。


 Viosan の「ミネソタの遠い日々」
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 今日はサラッと描いたヴァイオリンを弾く少女です。軽々と心地よく弾く感じがでてますか?その昔、描いた色鉛筆画です。


$遠い夏に想いを-エルガー



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 近くのスーパーでは野菜のバーゲンの日が決まっている。この日には決まって「エシャロット」が100円で出ている。


遠い夏に想いを-エシャレット01
 フランス料理にはエシャロットが出てくるが、日本では長いことお目にかかっていない。


 この日も「エシャロット」が出ていた。「随分洒落た野菜が安い値段で出ているもんだな」と思いながら、食べ方も判らず買ってみた。


 家に帰ると、妻が「エシャロットってこんな野菜だった?」って訊くので、買ってきた「エシャロット」を見てみた。そこには「エシャレット」と書いてある。ネットで調べてみると、全く別物であった。一年物の早獲りラッキョウであった。これを「エシャレット」と名付けたのは築地の業者であった。なんと紛らわしい名前を付けたものだ。エシャロットは小さな玉ねぎみたいなもので、これとは全く異なる。


遠い夏に想いを-エシャレット02
 「まあ、いいか、、、食べてみよう」

 もともとラッキョウは大好きな方だから、お味噌をつけて食べてみた。丁度食欲がなくなっていたところ。ラッキョウらしいしゃきっとした味が食欲を増進する。これは癖になる。それ以来週に1度の野菜バーゲンの日には決まって買ってしまう。


 いまだに本物のエシャロットは食べていない。


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