欧米では正式な食事は正餐といって昼にとる。クリスマスや感謝祭などの食事はお昼だ。午後2時頃になった。
食事の後は皆で出かける。北の海岸線、所謂ハマクア・コーストを西に車で走る。右手に海が時々顔を出し、左手には綺麗に手入れされた庭をもつ家々が続く。
暫らく車を進めると、崖ぷちに出た。小さな表示板にはワイピオと書いてある。ワイピオ渓谷といって伝説によるとカメハメハ大王が幼少の頃、帝王学の訓練を受けた場所らしい。ハワイを統一したカメハメハ大王はマウイ島の生まれだが、ハワイ島で育った。
ここに立つと素晴らしい景観が目に飛び込んでくる。荒々しい荒涼とした景色は北国のそれで、南国の景色とは思えない。この渓谷には昔から霊力があるといわれ、1946年の津波の時にも犠牲者が一人も出なかった。今でも数は減ったが原住民が住んでおり、タロいもなどを栽培しているという。
展望台は普通一番高いところに作られるものだが、ここは展望台に行くのに崖を下って行く。谷の底までは違う道から行くしかない。
そのまま、車でリックの家に戻る。家に着くと4時ごろで、まだ明るいが雲が出てきた。牛の群れが下の水のみ場に下りてくる。直ぐ傍の丘の上から霧というか雲というか降りてきた。
遠くに見える海も曇ってきた。ハワイ島でもこのハマクア地方は涼しい。ホノルルでは11月でもエアコンが必要だが、ここでは夏でもエアコンはいらない。だからソーラーパネルの電気だけで何とかやっていける。
そろそろ夕飯お支度にロイスがとりかかった。本土のように水を使えないから、雨水を貯めた水を大切に使って料理をし、食器を洗う。節約、節約である。
夜は簡単なスープで済ませた。我々も小食なので充分満足だ。余り遅くならないうちに、リックとロイスに車で真っ暗な山道を抜けてボブの宿まで送ってもらった。
Viosan の「ミネソタの遠い日々」
1970年に私たち夫婦・子供連れでミネソタ大学(University of Minnesota)へ留学した記録のホームページにもどうぞ