今日はベルヴェデーレ宮殿に行ってみる。プリンツ・オイゲン通りの緩やかな坂道を庭園に沿って登って行った。地図で見るよりもかなりの距離がある。1972年に来たときは庭園の下のレンヴェーク通りから入って来た。
あの時は、ベルヴェデーレ庭園で偶然日本人のおばあさんに出会った。日本人が珍しい時代に、日本のおばあさんが一人で散歩している。
「日本の方ですか」
丁寧な日本語でおばあさんが聞いて来た。
「そうですよ」
「ご旅行でしょうね」
「ええ、アメリカに2年ほどいました。パリに暫くいて、いまイタリア、ギリシャ経由で帰国する途中です」
「日本に帰るのですか。いいですね」
「もうこちらは長いのですか」
「1年ほどになります。娘と2人きりなのです。娘がピアノをやっていまして、ウイーンに留学することになって。東京で独り暮しをしようかと思ったのですが、娘が一緒に行こうと、東京の家を売り払って来たのです。こちらでは言葉も解らないし、友達もいなくて、毎日こうして一人で散歩に出るのです」
私達はゆっくり歩きながら、庭園を一周した。
「私達もアマチュアですが、ヴァイオリンとチェロをやってました。もう何年も弾いていないですがね。でも、お嬢さんは目的があって来られたからいいでしょうが、奥さんは毎日一人で大変ですね。冬のウイーンは寒いようですから、お体に気をつけて下さい」
「有り難うございます」
<おばあさんがシャッター押してくれた当時の写真>
寂しそうにしているおばあさんに名前も訊かずに、そう言って別れたが、もう随分昔の話しだから、彼女も生きていれば90才を超えているだろう。もし生きていたら、どうしているだろうか。私達が彼女を思い出すように、彼女は我々を思い出してくれるだろうか。
Viosan の「ミネソタの遠い日々」
1970年に私たち夫婦・子供連れでミネソタ大学(University of Minnesota)へ留学した記録のホームページにもどうぞ
