国立歌劇場の前には赤い上着を着てかつらを被ったモーツアルト・スタイルの男性達が通りを行く観光客にパンフレットを配っている。モーツアルトも所在不明の墓地で高笑いしているだろう。
さて、リングに出て、これを廻る方法を考えた。まず、電車に乗って一周する手もある。これはガイドブックの推薦ルートである。私はリングの内側の道を合同庁舎の前まで歩いて、今度はリングの外側の道を国立歌劇場の前まで歩く、という方法を取った。結局、大した時間がかからないのだから、電車に乗って一周するのが最も効率的だったろう。
ウイーンは建築様式のまさに展示場の趣があるとモノの本に書いてある。夏の観光シーズンも終り、シュテファン界隈、ケルントナー通り、グラーベン以外は観光客が余りいない。
リングには午前中とゆうこともあり、まるで人通りがない。東京ではまだ残暑が厳しい時期だが、ウイーンでは秋の日差しが心地よい。日本の街よりも建物が大きく、ブロックの幅も長いために遠近感が異なり、歩いていても思ったより時間がかかる。
このリングはもともと城壁があった場所で、1858年から取り壊しが進められ、ほぼ14年間で広い通りに生まれ変わった。合同庁舎などの大きな建物はかっての城壁の外側に建っていることになる。これ等全ての建物は1858年以降に建てられたもので、様式が古く見えるが、150年くらいしか経ていない。
Viosan の「ミネソタの遠い日々」
1970年に私たち夫婦・子供連れでミネソタ大学(University of Minnesota)へ留学した記録のホームページにもどうぞ