えっ、ベートーベンが判らない? - 033 | 遠い夏に想いを

遠い夏に想いを

アメリカ留学、直後の72年の夏に3ヶ月間親子でパリに滞在。その後、思い出を求めて度々訪欧。

 チケット案内所の窓口には中年のおばさんが座っている。英語が通じるようで通じない。オペラ以外の器楽演奏というのは数が少ないように思う。楽友協会のホールでは、明日の日曜日の午後3時にマチネでロンドン・シンフォニーの演奏会がある。夜なら文句なしに聞きに行きたいところだが、昼間は市内を歩いて見て廻りたいので諦らめざるを得ない。


 まだ音楽シーズンには早いのだが、とにかく歌劇以外のコンサートを探さなければならない。正直、言って我々はオペラ派ではない。私は若い頃オペラは嫌いだった。オペラの誘いがあると『猫に小判さ』と言って断ったものだ。やはり言葉を持たない器楽演奏の抽象芸術の方に軍配を上げてしまう。それでも、私は年と共にオペラや宗教曲をCDで聞くようになったが、ノッコはまだ器楽曲しか受け付けないようだ。


 ウイーンに滞在する3日間に開催される室内楽なのだが、贅沢は言っていられない。この店には音楽会の開催予定表というのか、開催日別の一覧表がある。


「このベートーベンのカルテットが行われる場所はどこですか」
私は英語で聞いた。
「ベートーベン?」
一体それはなんじゃとでも言いたげだ。
「そう、ベートーヴェン」と私はBではなくVを強調して答える。
「ベートーヴェン・・・ベートーヴェン・・・」彼女は考え込む。
「ベートーフェン」
ドイツ語が少しは解るノッコが横から言った。
「ああ、ベートフェンね」
フェンに力を入れて係りのおばさんが叫んだ。
ああ、そうかドイツ語はVの発音をFで読むんだよね。ヴォルクスワーゲンでなくてフォルクスワーゲンだよね。


 昔、アメリカのミネソタに留学して間も無いころ、大学の近くのマクドナルドで同じような経験をしている。「コーヒー、プリーズ」とカウンターでアルバイトをしている女の子に告げた。何も考えていないと、つい日本式の発音になる頃だった。「コーヒー?」と女の子は意味が判らない。『Kohee』では駄目だと気がついて、「イェス、コーフィー」と言ったが通じない。今度は「カフィー」と答えてやっと通じた。ちょっとした違いで通じないのだ。特に、短い単語は難しい。周りの文章から推測が出来ないからだ。


 それ以来「ベートフェン」と「…フェン」にアクセントを入れて発音することになった。
 演奏会場は旧ロブコヴィツ邸とあるが、ベートーベンの後援者のロブコヴィツ候は知っているが、ロブコヴィツ邸が何処にあるか分からない。ロブコヴィツ候といえば、ほぼベートーベンと同年輩であるが、音楽に私財を投じて、ベートーベンにも援助を与えた人だ。


遠い夏に想いを-演奏会場

旧ロブコヴィツ邸


 地図を出していろいろ教えてくれるが、どうもピントこない。とにかく行ってみることにする。滞在中に、もう一つカルテットの演奏会がある。こちらの方はスケジュール表には載っているが、切符は扱っていないという。会場へ直接行かなければ買えないのだそうだ。場所を確認しようとしてもよく判らず、チケット売り場を出た。


 Viosan の「ミネソタの遠い日々」
1970年に私たち夫婦・子供連れでミネソタ大学へ留学した記録のホームページにもどうぞ