好きな音楽は - 032 | 遠い夏に想いを

遠い夏に想いを

アメリカ留学、直後の72年の夏に3ヶ月間親子でパリに滞在。その後、思い出を求めて度々訪欧。

 2時半を廻っていたので、ホテルの部屋は使えた。荷物を置いて外に飛び出した。まず、音楽情報を仕入れなければならない。カールプラッツへ行き、国立歌劇場にチケットの情報を仕入れることにした。だが、国立歌劇場の手前の角に小さなチケット販売店が営業している。先ずここに飛び込んだ。とにかく、オペラの情報ではなく、リサイタルの情報が欲しかったからだ。


遠い夏に想いを-国立歌劇場

             国立歌劇場
 ウィーンにきて、と言うよりも、ヨーロッパに来てオペラよりも器楽曲の方に関心があると言うのは、我ながら変わっていると思う。イタリアに限らずヨーロッパにおけるオペラの存在は4世紀の間、営々と築き上げて来た伝統芸術だ。過去の作曲家(兼ヴァイオリニスト、チェリストも含めて)はみなオペラを作曲している。ヴィヴァルディでさえ相当な数のオペラを作曲している。現在、誰も演奏しなくなっただけで、そのオペラに取り組むエネルギィーたるや空恐ろしいものがある。


 大都市は言うに及ばず、中小の都市にも歌劇場は必ずある。歌劇場があると言うことは、オペラを演奏するオーケストラと歌劇団が存在する。日本の歌舞伎はオペラに喩えられるが、オペラの普及度は歌舞伎の比ではない。歌舞伎は東京を含め数箇所しか常設の劇場を持たない。これは全てのことに言えるが、日本は閉鎖社会で、オープンな社会ではない。数家族による家業の域を出ないのである。オープンな社会では、伝統は存続しえないと、考えるのは身勝手な思い過ごしである。芸に普遍性があれば続くのである。時代に普遍性、個人に個性があればいい。


 今までの人生でオペラを見たのは4回だけ。イタリアオペラやドイツオペラが来日した時に劇場に足を運んだ。チマローザの『秘密の結婚』、ドネゼッティの『愛の妙薬』、モーツアルトの『魔笛』。それに日本人による古楽器でモンテヴェルディの『オフェ-オ』くらいだ。どうゆう訳かオペラは敷居が高い。どうしても器楽曲になってしまう。


 Viosan の「ミネソタの遠い日々」
1970年に私たち夫婦・子供連れでミネソタ大学へ留学した記録のホームページにもどうぞ