ウイーンを訪れるのは28年ぶりだ。ウイーン空港に降り立ったものの、当時の記憶を呼び起こしてくれるものは何一つ残っていない。1972年のあの日は凄い雨だった。時雨とでも言うのか、飛行機に乗るときに突然雨が降ってきた。空は曇っていたが、時々陽がさして、明るかった記憶がある。
当時、空港の2階のロビーから滑走路を見ていた。完成したばかりという風で、ベージュ色の、いかにもオーストリアらしい清潔なターミナルだった。世界中で変化が激しい建築物は空港かもしれない。ヨーロッパでは鉄道の駅は100年近くも変わっていないところが多い。しかし、空港はどんどん変わって行く。これほど効率が要求されるところはない。そうゆう意味では日本のビルや民家がスクラップ・アンド・ビルドでどんどん変わって行くのは、効率を求めているからで、まだ『完成されていない』と日本人は無意識に感じるからであろう。
今のウィーンでは市内まで高速道路が通じており、20分ほどで着いてしまう。昔のように路面電車沿いの道をのんびりバスが走ることもない。ただ、昔懐かしい道をゆっくり行ってくれたらと思うのは単なるノスタルジアかもしれない。
空港バスは市内の空港ターミナルまで行き、空港ターミナルに接続しているウィーン・ミッテ駅で地下鉄に乗る。市の中心地のシュテファンプラッツ駅までは2駅と近い。(右の写真はミッテ駅)
(中央がホテルヨーロッパ)
ホテルは『ホテルヨーロッパ』、日本人の団体客が多く利用するホテルらしいが、この時は日本人は誰もいなかった。所在地は『ノイアーマルクト広場』と一等地だ。シュテファンプラッツからケルントナー通りを歩き、カールプラッツの中ほどまで来ると、右側奥にノイアーマルクト広場が見える。ノイアーマルクト広場はウィーンの城壁が取っ払われる以前は市で一番新しい市場であったらしい。現在でも『新市場』の名で呼ばれている。パリのセーヌ川に架かるポンヌッフ(新橋)が実際は最古の橋なのと同じだろう。
ホテルの1階、特に繁華街のケルントナー通側は食堂になっており、入り口はノイアーマルクト広場側にある。大きくはないが、9階建てのピンク色の清潔なホテルだ。従業員も親切で丁寧でなかなか感じが良い。
Viosan の「ミネソタの遠い日々」
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