ザルツブルグを発つ - 030 | 遠い夏に想いを

遠い夏に想いを

アメリカ留学、直後の72年の夏に3ヶ月間親子でパリに滞在。その後、思い出を求めて度々訪欧。

 今日はザルツブルグを発つ日だ。朝から快晴である。なんだか、到着日と出発日とだけ天気がよかったような気がする。朝食とって、衣類の整理をし、2階の受付で支払をする。音楽会の切符はカードで払うと5%ばかり高くなる。現金で払おうと思ったが、その分の現金が足りない。

$遠い夏に想いを-モーツアルト広場

 「モーツアルト広場のアメリカン・エクスプレスが多分開いているよ」
ホテルの主人がそう言うので、交換所に行ってみた。前日の雨があがり、空が青く澄んでいる。なんとすがすがしい朝だろう。路面はまだ濡れているが、久しぶりに足が軽く、駆けで足行ってくる。ここのアメリカン・エキスプレスはなんとなく交換率が良いような感じがする。モーツアルト広場にはモーツアルトの像が立っている。

 ウィーンに発つ飛行機は午後だから、市内を一回りすることにした。荷物を預けて、街へとび出して行った。

$遠い夏に想いを-祝典1

 先ず、大聖堂の前を通って真直ぐ歩く。フランツスカイナー教会の横を抜けて歩いてゆくと、左側に祝祭小劇場と祝祭大劇場か現われる。ザルツブルグ音楽祭は8月の下旬に終わっている。音楽祭の時期に来たら大変な人混みになるだろう。劇場内には入れないが、テレビ中継などで見ていると思う。もともと大司教の厩舎だったところだそうで、現在でも傍に馬の飲み水場が残っている。

$遠い夏に想いを-祝典2

 ザルツブルグ音楽祭は1887に始まった。1920年に現在のザルツブルグ・フェスティヴァル(演劇も上演される)としてスタートし、世界の有名なオーケストラや指揮者が演奏する音楽祭に成長する。

$遠い夏に想いを-シューベルト

 コレギエン教会の前の市場を抜けて、建物の中の抜け道を通ろうとしたら、シューベルトの記念プレートを発見。1825年5月から10月にオーストリア北部地方を旅している、彼の短い人生の中で最も楽しい時期にあたる。そうして、ザルツブルグは彼が最も愛して土地だ。

$遠い夏に想いを-イースター

 ゲトライデ通りに出る。いつ見ても美しい通りだ。イースター・エッグ専門の店がある。店の中は全てイースター・エッグばかりだ。日本にもクリスマス用品だけを年中扱っている店があるが、一年間同じ品物を売り続けて、商売になるのだろうか。

$遠い夏に想いを-ゲトライデ

 ゲトライデ通りを進むと、ジグムント広場のはずれにでる。岩山を背にして馬の飲み水場がある。余りに豪華なので説明を読まないと馬の飲み水場だとは分らない。どうも、1700年頃に造られた大司教専用のものらしい。贅沢極まりない。

$遠い夏に想いを-水のみ場

 ここからザルサッハ川にでて、食材店に入り、ザルツブルグの岩塩をお土産に買い、ホテルに戻り、支払いを済ませて外に出た。


ザルツブルグの息をのむ光景

 空港まではタクシーで行くしかない。モーツアルト広場を抜けて、タクシー乗り場に行き、一台のタクシーに乗った。運転手はひげを生やした中肉中背の年配の男だ。英語が通じない。空港くらいの英語は解るのだが、何を聞いても口を聞かない。決して愛想は悪い方ではない。車は旧市街の左手から坂道をのぼり、大きく右手にう回する。すると、突然、ホーエンザルツブルグ城の遥か裏手に出て、その光景に驚かされる。

$遠い夏に想いを-ホーエン

 空港は小さいが清潔で感じがいい。夏のような日差しが空にあふれ、遠くには山々が連なる。八月の音楽祭の時など、空港は猛烈な人でごった返しているだろうが、今は閑散として人気がない。空港が小さいために、離着陸できるのは高翼式の小型機だけだ。フィレンツエの空港に離着陸する機種と同じだ。

$遠い夏に想いを-空港

 飛行機は唸りを上げて飛び立った。機内は空いている。窓からは夏のように眩しい光が入ってくる。左手にアルプスの峰々を眺めながら、約1時間のフライトでウイーンに到着する。



$遠い夏に想いを-アルプス

 Viosan の「ミネソタの遠い日々」
1970年に私たち夫婦・子供連れでミネソタ大学へ留学した記録のホームページにもどうぞ