モーツアルトのディヴェルティメント(喜遊曲)が軽快に始まった。ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロがある程度弾けるようになると、誰でも最初にトライしたくなる合奏曲である。喜遊曲は自由な様式で、ハイドン、モーツアルトに作品が多い。
その次は2番のニ長調のヴァイオリン・コンチェルト。カルテットでどうやってコンチェルトを演奏するのかと思ったら、レスコヴィツという年配の独奏者が出てきて、弦楽四重奏をバックに演奏し始めた。確か、オーボエとホルンがある筈だが。曲はどんどん軽快に進む。
モーツアルトのヴァイオリン協奏曲は19歳で作曲した5曲しか残っていない。他に、3曲のコンチェルト(アデライーデと6番と7番)が残っているが彼の本当の作品かどうかは疑わしいと言われている。モーツアルトのヴァイオリン協奏曲には管楽器が少ない。2番のコンチェルトも伴奏に弦とオーボエとホルンしかないので、室内楽でも演奏できる。
モーツアルトが19歳でヴァイオリン協奏曲を作曲しなくなった理由は定かでないが、ヴァイオリンという楽器の特性があるのかも知れない。練習は全ての楽器に必要なことは言うまではないが、ヴァイオリンは練習し続けなけれ駄目な楽器らしい。それにオペラを作曲し、舞台での練習ピアニスト(コレペティトゥアという)として、ピアノは欠かせない。ピアノ協奏曲は番号のついているだけで27曲も作っている。ヴァイオリンソナタは晩年までかなりの数を作曲しているが、貴族とか金持ちの奥方たちに献呈するためらしい。
最後はブラームスのピアノ五重奏曲・作品34で、ピアノはホ―ファーという女性だ。暗い憂鬱な旋律で始まった。かなり劇的な曲なのだが、彼女の演奏はブラームスというよりも、ベートヴェンの曲を演奏しているみたいだ。
「前の女性の様子が変よ」
演奏の合間にノッコが小声で囁く。その女性の隣は空席になっていて、女もののコートが置かれている。誰か連れが来るのかなと思ったが、遂に誰もこなかった。
「こんに混んでいるのに、席を空けておくなんて」
その隣の年配の婦人が彼女に注意しているが、彼女は「我存じませぬ」という風に、ニタリと笑うだけだ。しょっちゅう身体をゆっくり揺らし、落ち着きがない。演奏は聞いているのか聞いていないのか定かではない。だだ身体を揺らすこと以外、他の客の邪魔はしない。身なりは上品で、着ているものも黒ぽいジョーゼットのブラウスに、こげ茶のスカートをはいている。鼻は少々カギ鼻だが、ある意味、美人の部類に入るだろうか。
演奏会が終って外に出ると、庭は暗闇に覆われている。庭を抜けて、橋を渡り、ホテルまで歩いても10分とかからない。小さな街も長くいると退屈するが、近くて便利なこともある。
Viosan の「ミネソタの遠い日々」
1970年に私たち夫婦・子供連れでミネソタ大学へ留学した記録のホームページにもどうぞ
