今日はスターツ橋を渡って川向うに行く。空は今にも雨が落ちてきそうな気配なので、傘を持って行くより仕方がない。
スターツ橋の上から眺めるザルツッハ川はこのところの雨で、水嵩を増し、うねりを上げて流れている。橋を渡りきると、プラッツル広場があり、ここから登り坂になっている。右上の小高い丘にカプツィーナー教会がある。橋を渡って、真っ直ぐに伸びている道はリンツァーガッセ(通り)という新市街地へ抜ける道で高級商店街があるらしい。旧市街地のゲトライデ通りに匹敵する通りだということだが、別に買い物はないので、そのまま、左に折れ、坂を登り続ける。暫らく行くとマカルトプラッツに至る。
モーツアルトが、1773年~1780年の間、ザルツブルグ最後の期間に住んでた家だ。ここが修復されたのは、つい最近の1995年のことだ。今は博物館になっており、モーツアルトの記念館として、いろいろ資料が展示されている。いろいろと言っても、限られているので、住んでいた当時の家の中を見るだけでも興味がある。
モーツアルトが初めてイタリアを訪れた1770年は、ある意味でクラッシク音楽の転換期であった。バロック最後の音楽家タルティーニが没し、新星ベートーベンが生まれた年だ。
ゲトライデ通りのアパートから引っ越したのは、第3回目のイタリア旅行から帰ってからだろうか。それとも、その後、ザルツブルグの宮廷に飽き飽きしてウイーンへ職探しに旅行しているが、ウイーンから帰ってきてからだろうか。とにかく、1773年というとモーツアルトも17才になっている。
子供の時からヨーロッパ各国を旅行して、悪い音楽・良い音楽、新しい音楽・古い音楽をたっぷりと聞いてしまっている。さらに、イタリアの明るい晴れやかな単旋律の音楽にモーツアルトなりに影響されて、ケッヘル番号でいうと130番代から180番代の初期の傑作が続々と誕生した頃である。
Viosan の「ミネソタの遠い日々」
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