18世紀の版画を見ると、ザルツブルグの旧市街はミラベル宮殿の外側から城壁が始まっていたらしいから、モーツアルトの新居も決して寂しいところではなかっただろう。現在はピンクに塗られているが、なかなか堂々としている。2階の8部屋を借りて住んでいた。
前の広場が交差点で、マカルト広場になっており、見晴らしはとても良い。1階はCDショップになっていて、2階が博物館になっている。ここは遺品と呼べるものが何もないので、モーツアルトが作曲をしたり、毎日、冗談いったり、ピアノを弾いたりという想像を巡らせないと来館した楽しみが半減する。
マカルト広場の向かい側はランデス劇場というザルツブルグの人口規模にしては大きな劇場が建っている。ここの場所には1775年に建てられた劇場があったというから、結構その歴史は古い。記録によると、姉のナンネルがモーツアルトの家の2階から、望遠鏡で劇場に誰が来ているのか眺めていたらしい。もう20歳を過ぎたナンネルを想像するだけで可笑しくなる。
この日はシェクスピアーのロメオとジュリエットの横断幕がはってある。モーツアルトも演劇は大好きで、サルツブルグでも演劇は見ていたらしい。シェクスピアーが好きで、全集を持っていたと言うから、シェクスピアーの出し物でオペラを書かなかったのが不思議だ。シェクスピアーでは重過ぎたのだろうか。
シェクスピアーもので成功しているのは、シリアスなものでは、ロッシーニやヴェルディの「オテルロ」や、ヴェルディの「マクベス」、プロコフィエフの「ロメオとジュリエット」(バレー音楽)くらいで、「ウインザーの陽気な女房達」にしろ、「真夏の夜の夢」にしろ軽いものばかりだ。
マカルト広場の奥には三位一体教会がある。バロック様式の堂々たる教会で、エアラッハの設計らしい。ここには入らなかった。
そのままザルツアッハ川の方へ歩いた。ランデス劇場の直ぐ前にクリスチャン・ドップラーの生家があった。ドップラー効果のドップラーもザルツブルグの生まれで、他にも指揮者のカラヤンもザルツブルグの生まれだ。
ナナイロさんプレゼント有難うございます。
Viosan の「ミネソタの遠い日々」
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