コレギエン教会の近くにレストランがある。お腹もすいたのでここに入り昼食をとった。そして大発見する。オーストリアは、いやザルツブルグだけかも知れないが、スープが美味いのだ。
第一に味がしっかりしている。第二に中に入れる具が素晴らしい。第三に量か程々である(スープはどんなに美味くとも大量では飽きる)。肉のスープでないとこの味は出ない。第四に種類が多い。
食事時で混んでいた。大きなテーブルに中年のドイツ人女性が一人で食事中だった。ボーイに案内されて相席になったのだが、その女性が大きな肉のお団子が入ったスープを食べているのがとても美味しそうだった。「それは何ですか」と聞くのも失礼と思って、メニューと睨めっこ。ドイツ語を英語から類推すのは、中国語を漢字から類推するのと同じようなもので、決まってイメージしたものは出てこない。
味付けに関しては、欧米は「加算混合」で、日本は「減算混合」の国。日本人の味覚は、一種の自然を『ミミック』したものをベースにしているから、竹の香り、桧の香り、カツオの風味. . . .という具合に単風味である。醤油と味噌が大きく幅をきかせている。欧米から帰国した主婦は日本で料理に砂糖を使うのを不思議に思うらしい。欧米でも砂糖を使う料理方法もあるが非常に少ない。甘みは野菜の自然な甘さで作り出す。
日本では刺身など醤油の味とワサビの香りしかしない。『ミミック』は文化にも影響していて、その特徴は思考形態にも、行動様式にも現れる。これは、もしかすると日本人の遺伝子レベルの問題かもしれない。
日本人だけで生活している間は問題にならないのだけれど、世の中が複雑になって、海外に日本人が進出し、日本にも外国から人が大勢往来するようになると、これではやって行けない。どちらが正しいか、正しくないかの問題ではない。とにかく、日本人は世界的に見ても特異な思考形態と行動様式と文化をもった人種である。私はこれを『単一しこう(嗜好・思考・指向)文化』と呼ぶことにしている。
さて、出てきたスープはご婦人のとは全く違っていた。パンと一緒に食べたスープは大変に美味しかった。コンソメ以外のスープは飲むといわないで、食べると言うんだそうだが、正に具沢山の食べるスープであった。
Viosan の「ミネソタの遠い日々」
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