ザンクト・ペーター教会 - 012 | 遠い夏に想いを

遠い夏に想いを

アメリカ留学、直後の72年の夏に3ヶ月間親子でパリに滞在。その後、思い出を求めて度々訪欧。

$遠い夏に想いを-壁画アーチ

 そのまま真っ直ぐ歩いて壁画のあるアーチの手前を左手の山側に曲るとそこにザンクト・ペーター教会がある。
$遠い夏に想いを-聖ペーター教会

 この教会は人影が殆どいなくてひっそりとしている。時期が時期だし、その上、小雨がちな天候で来る人が少ないのだろう。堂内に入るとそこは一段と暗い。雨が降っているせいだろうか。目を凝らして周りを見回しても人影がない。閑散としている。思ったよりも狭い。
$遠い夏に想いを-聖ペーター堂内

 このザンクト・ペーター教会では、有名なハ短調の大ミサ曲(K427)の初演がコンスタンツエの独唱をまじえて行われた。

 モーツアルトはウィーンに移ってから宗教音楽を殆ど書いていない。あの暗いキリエの響きがよく似合う教会なのおかも知れない。でも、あの明るいグロリアは大聖堂の方が似合う。

 「キリエ」の哀愁に満ちた歌声や、華やかで明るい「グローリア」の玉を転がすようなコンスタンツエのリズミカルな声が聞こえてくるようだ。コンスタンツエの歌声は想像するしかない。書物には、コンスタンツエは、プロの歌手だった姉のアロイージアのように、歌が得意だったとは書いていない。むしろ、不得手だったのではないか。


Kyrie


Gloria(Laudamus te)


 このミサ曲は未完だが、ザルツブルグ時代の反動か、完成していたら、大変に長い曲になったであろう。このミサ曲を歌わせるために、モーツアルトは歌手でもないコンスタンツェにソプラノの練習曲まで書いている。

$遠い夏に想いを-アロイージア(右はアロイージア)
 写譜屋たったウェーバーの長女、アロイージアに恋をして振られ、妹のコンスタツェに思いを寄せ始める。ウェーバーの母親から脅迫まがいの結婚契約書を突きつけられ、父親レオポルドや姉のナンネルの反対を押し切って、1782年にウィーンで結婚した。その頃、コンスタンツェを連れて里帰りし、ザルツブルグで演奏する予定で作曲されたのであろう。
$遠い夏に想いを-コンスタンツェ
(右はコンスタンツェ)
 私はミサ曲などの宗教音楽は余り好きではない。所詮、読経にしか過ぎない。しかしモーツアルトはこれに艶やかさと優美さを付け加えた最初の作曲家ではないだろうか。

 年配の方は記憶にあるかもしれないが、ヌベルバーク映画が華やかなりし頃、このハ短調のミサ曲は1957年のフランス映画の「抵抗」に効果的に使われていた。ミサ曲の冒頭・キリエの単調だが、刻々と迫る主題が繰り返し繰り返し流され、死刑宣告された捕虜の主人公の脱獄劇を盛り上げていく。何か思い出すだけでも、身体に戦慄が走るような感じだ。


 Viosan の「ミネソタの遠い日々」
1970年に私たち夫婦・子供連れでミネソタ大学へ留学した記録のホームページにもどうぞ