大聖堂を出て、100メートル程向かい側にミヒャエル・ハイドン記念館がある。ヨーゼフ・ハイドンの5才年下の弟で69歳でザルツブルグで亡くなったが、ハイドンといえば日本ではヨーゼフ・ハイドンしか知らない人が多い。「魔弾の射手」で有名なウェーバーは彼の弟子だそうだ。私も不勉強で、ミヒャエル・ハイドンについてはCDを1枚持っているだけで殆ど知識がなかった。ザルツブルグに居を構えていたことと、モーツアルト家と親交があったくらいのことしか知らない。モーツアルトもこの人から学ぶ事が多かったし、尊敬もしていたという。ザルツブルグはハイドンの街でもある。
モーツアルトはK339のヴェスペレ(夕方の祈りの曲)の作曲に当たって、一部にミヒャエル・ハイドンからフーガを借用しているという。作曲数では兄に及ばないが、交響曲を41曲も書いている。セレナーデやディヴェルティメントもたくさん書いている。彼の曲は今では殆ど演奏されないので、CDて聞くしか方法がない。それでもCDに録音されている数は少ない。
モーツアルトは少年時代にミヒャエル・ハイドンから多くのものを学んだ。弦楽五重奏などハイドンが病気になった時、代りに一部分を書いてあげたと言われる。ケッヘル番号が付いて残っているくらいだ。モーツアルトの弦楽五重奏は5曲残っているが、楽器編成はミヒャエルと同じで弦楽四重奏にヴィオラが加わる。ミヒャエルは7曲の弦楽五重奏曲を書いているが、これらを聞くとすごく楽しくなる。モーツアルトのK-74の五重奏の第一楽章はミヒャエルのへ長調の五重奏の第一楽章を彷彿とさせる。モーツアルトほど洗練されて感情が細やかではないが、明るく、リズミカルで楽しい。いかにも、ザルツブルグの音楽家、ウイーンでも郊外の田舎の楽しさがある。レントラー風のメヌエットなどが多く、田舎の人達が踊っている感じが何とも言えない。
ハイドン記念館にはいてみた。半地下になっているが、一回りして、と言っても大変狭い場所なのでさして時間がかからない。出ようとすると、入り口のレセプションから初老の品のいい婦人に声をかけられた。『五時からのコンサート』があるから、よかったら是非といわれた。明日にでも時間があれば来てみようということになった。
Viosan の「ミネソタの遠い日々」
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