お城のコンサート - 008 | 遠い夏に想いを

遠い夏に想いを

アメリカ留学、直後の72年の夏に3ヶ月間親子でパリに滞在。その後、思い出を求めて度々訪欧。

 音楽が始まった。ザルツブルグの観光用の音楽会では、大抵、最初の曲は「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」から始まる。総勢8名。今晩はメンデルスゾーンの八重奏があるので全員が舞台に上がっている。アイネ・クライネ・ナハトムジークはモーツアルトが死ぬ4年前の31歳に作曲した後期の作品でポピュラーな割りに、美しく演奏しようとすると易しくはない。モーツアルトはセレナーデを何曲も作っているが、この曲は作曲当時に五楽章あったらしいのだが、今は四楽章しか残っていない。ヴァイオリンの第一奏者は金髪の女性で、かなりきちんと演奏するタイプだが、リーダー意識が強いのか、前へ前へとヴァイオリンが引っ張り過ぎる。



遠い夏に想いを-団員


 2曲目はモーツアルトの12番(K414)のピアノ協奏曲だ。8人編成で充分音は出るのだが、現代のピアノでは音が強すぎる。第一ヴィオリンが2名、第二ヴァイオリンが2名、ヴィオラが2名、チェロが1名、コントラバスが1名の合計八名だ。軽快な導入部に続いてピアノが入ってくる、いつ聞いても心地良い曲だ。モーツアルトはK413~K415の3曲の協奏曲は弦楽四重奏の伴奏でも演奏できるように作曲してある。我々も親しい仲間とこれ等の曲を弾いて、楽しんだことがある。当時の出版社の要求で、家庭での需要に応えたものらしい。





 3曲目は男性のヴォーカルでオペラのアリアを2曲。休憩をはさんで、最後の曲はメンデルスゾーンの作品20の弦楽八重奏曲でしめくくる。とにかく激しくて壮大な曲である。天才とは言え、メンデルスゾーンが16歳の時に作曲した曲である。時々この8人では収集がつかなくなりそうになるが、何とか無事演奏が済んだ。シーズンでもない音楽会だし、観光客向けのコンサートなのに、こんな大曲を演奏してくれるだけで楽しい。



遠い夏に想いを-臭い


 今日は長い一日だった。ミュンヘンの旧市街をみて、汽車でザルツブルグに来て、音楽会の一夜を過ごした上、今夜は夕食抜きになりそうだ。ケーブルカーに揺られて下界に降りた。あたりは暗闇に包まれている。レジデンツの前を通り広場を抜ける。
「ここは馬の臭いがする」
ノッコが突然言う。
「ああ、そうか。昼は馬車が待機して8いるからね」
雨上がりで道が濡れて、臭いがあたりに充満している。


 レストランは何処も開いていない。夜になって冷えて来た。開いている店の一軒や二軒あるだろうが、当てもなく探しに歩くほど若くはない。左手のアルターマルクト広場のトマッセリは閉まっていた。ホテルは直ぐだ。帰って寝ることにするか。




 Viosan の「ミネソタの遠い日々」
1970年に私たち夫婦・子供連れでミネソタ大学へ留学した記録のホームページにもどうぞ