さて、7時15分を過ぎた。あの山の頂上まで登るには時間がかかるだろうと思いながら店を出た。外は夕焼けが迫っていた。レジデンツとドム(聖堂)の間を抜けて登って行く。いくら低いとは言ってもメンヒスベルグの頂上まで歩けば25分くらいかかる。ケーブルカーに乗ればあっという間に着く。時間が時間なのでケーブルカーに乗った。我々のほかに2名ほどしか乗っていない。視界がだんだん広がって、ザルツブルグの街全体が見渡せる。数分で到着した。
外に出て、テラスに立った。日が暮れなんとする雨上がりの街が一望できる。何という景色だろう。空には重たい雲がたなびいているが、明るく見える地平線が遥か彼方に広がっている。手前に旧市街が広がり、その向うに新市街が望める。刻々と日が沈んでいき、暗闇が支配し始めると、街の明かりが徐々にその明るさを増して行く。
正面下に、ドゥオーモが夕暮れに霞んでいる。その左にフランツィスカイナー教会が、その手前の左真下にザンクトペーター教会が望める。ザルツアッハ川が銀色に輝きながら悠々と流れている。対岸にはミラベル宮殿も見える。何という眺めだろう。
「ザルツブルグ」とは「塩の砦」を意味する。岩塩が取れる町である。この城、ホーエンザルツブルグ城は11世紀に町の防衛城砦として建てられ、15世紀末に当時の大司教コイチャッハによって、現在ある城に強化されたらしい。ザルツブルグはキリスト教の司教が治める都市国家であった。この小国の経済は当時貴重だった塩の売買であった。小さな国を維持するのに、周囲のオーストリアはバイエルンなどの大国との交渉を上手くやらなけならい。ナポレオン戦争でバイエルンに統合されたり、オーストリアに統合されたり小国の悲哀を舐めることになる。
Viosan の「ミネソタの遠い日々」
1970年に私たち夫婦・子供連れでミネソタ大学へ留学した記録のホームページにもどうぞ
