アウグスブルクの雨に濡れた緑の森や林を抜けて、バスは一路最終地ミュンヘンへ走る。既に周りは闇に包まれている。町の明かりがだんだん増えてきた。やがて、バスはミュンヘンの中央駅の北側の路側帯に停車した。バスの運転手やガイドや乗客に別れを告げて、駅に沿って西に歩き出した。
ガード下まで来て、右か左か迷ってしまった。ホテルはパウルヘイセ通り24番なのだが、暗くて道路標識が読めない。殆ど通行人がいなく、たまに来る人に聞いても判らないと言う。感じでは、ガード下を通って左に抜ければパウルヘイセ通りに出そうに思うのだが、ノッコは右側ではないかと言うし、今では私の勘とやらも当てにならないので、駅に行って誰かに聞けば判るだろうと、再び、バッグを引いて駅の中へ入っていった。
帰宅途中のサラリーマン風の人達に聞くが、英語の通じない人、通り名が判らない人とさまざまだ。遂に、1人の男性が「左手の通路を抜けて、駅の中央に行きなさい。そこにインフォーションがあるから」と教えてくれた。200メートルは歩いただろうか。ヨーロッパの中央駅駅はどこも広い。駅のホーム入り口に案内所があり、制服を着た若い男が「真っ直ぐ行って左に折れるのさ」とあっさりと答える。
「やっぱり、左だったよ」などと言ってはいけないのだ。なにせ、『間違っても怒らない、腹を立てない、責めない』をモットーにして旅行をしているのだから。
Viosan の「ミネソタの遠い日々」
1970年に私たち夫婦・子供連れでミネソタ大学へ留学した記録のホームページにもどうぞ