小さな村や緑の丘を抜けて一時間ほどバスは走った。次に停車したのはディンケルスビュールという町だ。
[右から2軒目の家が「ドィチェハウス」町で一番木組が素晴らしい ]
ローテンブルグでは30年戦争で市長がワインの一気のみで町を救った話しは有名だが、ここディンケルスビュールも30年戦争で散々痛めつけられた町だ。
カトリックとプロテスタントの争いは宗教問題というより、ヨーロッパの勢力争いだから一歩も譲れないのだ。ここにも一つの逸話がある。
カトリック側のスウェーデン軍が町を占領し、大将が町中の人間を一人残らず殺すと宣言する。一人の少女が町の子供達を引き連れて敵の大将のところへやって来る。そのうちの一人の男の子が前に進み出て、街を救ってくれるようにと哀願する。大将は息子を亡くしたばかりだった。その少年が息子に生き写しだった。それで大将は町の破壊と殺戮を思いとどまったという。
[ 特徴のあるデザインの”ゼーグリンゲン門” ]
小さな町だがローテンブルグより落ち着いて}いて遥かにいいところだ。ローテンブルグは、フランスのブルターニュのディナンなどと同じように観光で食べている町だが、ディンケルスビュールにはそうゆう感じがない。
周囲を城壁で囲まれていて、門が4っある。その城壁の外側にはヴェルニッツ川が流れている。古くて落ち着いたきれいな町だ。
[上は残り3つの門]
ここには50分ばかり停まるので、充分時間はある。城外に出て川の景色を見て廻る時間はないが、町の中心部くらい見る時間は充分あるだろう。
Viosan の「ミネソタの遠い日々」
1970年に私たち夫婦・子供連れでミネソタ大学へ留学した記録のホームページにもどうぞ
