ハンプトン・コート - 029 | 遠い夏に想いを

遠い夏に想いを

アメリカ留学、直後の72年の夏に3ヶ月間親子でパリに滞在。その後、思い出を求めて度々訪欧。

 ウオタールー駅は大きな蒲鉾型のガラス屋根をもった昔懐かしい駅だ。東京では上野駅が一部にその片鱗を残すのみで、ヨーロッパ・スタイルの駅は姿を消した。これは日本の全てが効率一点張りのスクラップ・アンド・ビイルドで、いまだに文化的断絶の時代が続いている証拠であろ。


遠い夏に想いを-ハンプトン駅  ウオタールー駅からは、汽車というよりも、郊外電車に乗る感じなのだが、日曜日なのか大変に空いている。30~40分の短い乗車時間。ロンドンから20キロくらい。新宿から江ノ島に行くより近い。途中、下町工場の跡地のようなところを通り、やがて緑豊かなサリ-州を電車は進む。と言っても、ハンプトン・コートはロンドンから近く、ヒースロ-空港にいくよりも近い。小さくてかわいい駅に到着した。



遠い夏に想いを-モルシー・ロック  終点のハンプトン・コート駅からハンプトン・コート宮殿へ行くにはテムズ川を渡らなければならない。駅を出て、少し行くと橋がある。ハンプトン・コート橋の上からの眺めは素晴らしい。川の水はゆったりと流れ、上流には堰(ロック)が一段と高いところから水しぶきを上げている。テムズ川の源流はオックスフォードの先にあり、さほど長い川ではないが、ロックが44もあり、管理人がいて水門の開閉を管理している。ここのロックはモゥルシー・ロックといい、川にはボートが順番待ちをして、長い列をつくっている。「ボートの三人男」では、いつも順番待ちの船で賑わっているのだが、この時はどういう訳か1隻も船がいないと不思議がっている。



遠い夏に想いを-バーとパン屋  橋のそばにはヴィクトリア風の2階建ての白い角間の建物があって、川岸が洒落たテラスになっている。ここはバーとパン屋らしい。


 橋を渡って対岸のハンプトン・コートに出る。この橋は1778年にできた橋が起源だそうだから、城ができた頃には橋はなかったのだろうか。英国映画「わが命つきるとも」(1966年製作のヘンリー八世との葛藤を描いた作品)を見ると、主人公のトマス・モアが小船に乗って城を訪れる夜のシーンがあるが、橋らしいものは見当たらない。当時は渡し舟で渡っていたらしい。トマス・ムアはローマ法王に従うこととし、英国国教会の国王に従うことをよしとしなかったために、処刑されてしまう。


遠い夏に想いを-宮殿正面  橋を渡ってすぐ右側に門がある。門を入ると、大きな前庭が広がっており、その正面にエリザベス朝の赤レンガの宮殿が青空にそびえている。ヘンリー八世が時の財務長官のウルジー枢機卿から巻き上げた代物だ(歴史では城を差し出したとあるが)。ウルジーはヘンリー八世の大法官で枢機卿だったのだが、王様よりも立派なものを持っていると、洋の東西に係わらず、巻き上げられるのが常だ。城だけならいざ知らず、命も取られる危険がある。


 ミネソタの遠い日々 - New (「留学を終えて」を掲載) -
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