イタリア女を殺すにゃ - 091 | 遠い夏に想いを

遠い夏に想いを

アメリカ留学、直後の72年の夏に3ヶ月間親子でパリに滞在。その後、思い出を求めて度々訪欧。

 朝の6時にパルマ駅に行く。ここはミラノ行きの幹線なので、汽車の本数は多い。各駅ごとに遅れても充分間に合う時間なので、鈍行で行くことにする。なにせ、鈍行の旅をむねとしているので。


遠い夏に想いを-Lady  汽車は遅れることも無く進み、フィデンツァでコンパートメントにいた女性の乗客が降りた。後にはイタリアの中年女性と我々の3人になった。フィデンツァで降りた女性と楽しそうに話していたのだが、一人残された女性は喋りたくて仕方がない様子だ。都会ずれしていない、穏やかな顔立ちで、親しみのある表情をしている。しかし、何かと落ち着かない様子が顔に出ている。といって、英語は駄目だろ。イタリア語を忘れかけて充分でない我々にはおいそれと声をかけられない。話し始めたら止まらないのは判りきっているからだ。


 72年のイタリア旅行の時もフィレンツェのホテルで入る早々イタリア語で話しかけたら、受付のおばさん(なにせ貧乏旅行でおばさんが受付をしているようなホテルしか泊まれなかった)が機関銃のように喋り出し、追いつくのがやっとという記憶が蘇ってくる。


 しかし、どこで彼女が下りるか知らないが、同じコンパートメントに無言でいる訳には行かない。目が合ってしまった。
「どこまで行くのですか」
私はとうとう口を利いてしまった。彼女の表情が嬉しそうに輝いた。
「ミラノまでよ。あなたがたはどこから来たの」
「日本から旅行で。ミラノからクレモナ、ヴェロナ、ヴェネツィア、パドヴァ。それとフェラーラ、ラヴェンナ、フィレンツェからパルマ。そしてミラノに戻って東京へ」
「フェラーラへ行ったの? 今はミラノの近郊に住んでいるんだけど、前はフェラーラにいたのよ。フェラーラはいい町よね」


 フェラーラの観光にはいい思い出がない。時間が間に合わず、入れないところ、見られないところだらけだった。でも、街の名所・旧跡への案内表示などよく整備され、サイクリングなどが盛んで、静かな町で、住むにはいい所だと思う。
「落ち着いた、素晴らしい街ですね」
話をあわせなければ、こんがらかるだけなので、そう答えた。
彼女は懐かしそうに目細める、、、と、まあ、こんな調子だ。ミラノに着くまで、彼女が喋りたくて苛々し始めると、また話しが続く。


 そして大発見。
「イタリアのおばさん殺すにゃ刃ものはいらぬ、無言で黙りこくっていりゃいい」